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南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜

2016-05-21 08:51:28 アルゼンチン : アコンカグア

■ DAY 11 約束 【アタック日】

[Nido de Condores(5560m) ~ Colera(C3 6000m) ~ Independencia(6350m) ~ Summit(6962m) ~ Nido de Condores(5560m)] 2016/01/22

緊張、不安、恐怖、期待、興奮、いろいろな感情が身体中を刺激し続け、仮眠という登頂への最初のステップを遠ざけていた。
食事という名のエネルギー補給を済ませ、寝袋に入ったのが21:00。うとうとしかけてきた時に見た時計は23:00だったがそこからも眠ることはできず、インソムニアの狭間を往来していた。
どのような道が待ち受けているのか。
もう少しで始まる想像もつかない1日に想像を馳せながら瞼を閉じた。

ふと時計を見る。

00:36

シュラフから飛び出る。
00:00にアラームをセットしたはずだなぜ鳴らない。


持っていくものは、2リットルの水(粉ジュースを溶かしたオレンジジュース)、タンブラーに入れた水、クランポン、行動食、カメラ、GoPro。
ヒートテック、Tシャツ、ウルトラライトダウン、フリース、ダウンジャケット、タイツ、スウェット、トレッキングパンツ、靴下二枚、インナーグローブ、ダウンミトングローブ。
完全防備で外へ出た。少し肌寒いが幸い風はそんなに吹いていない。アタック日和だ。
しかし若干腹の様子がおかしい。ヒマラヤの時といい、なぜアタック日はいつも腹の調子がかんばしくないのだろうか。

ここより上はまだ足を踏み入れたことのない未知の領域だ。
準備が終わり、あとは歩くだけというところまで来ると不安も緊張もなくなり、「さ、行こう」といういつも通りの様子で歩き出すことができた。
いつもと違うのは、着込んだ服の量の多さからくる動きにくさくらいだろう。

まずはここから約500m高度を上げた、本来ならば最終キャンプであるC3のコレラキャンプに向かう。

歩き始めは順調そのものだった。
歩いて若干熱くなった体を冷やす風が心地よく感じ、荷物も少ないためかペースも悪くない。
前日から飲み始めたダイアモクスとロキソニンが効いているのか、頭も痛むことはなかった。

深夜特有の静寂の中、この山にいるのは自分だけなのではないかという錯覚に襲われる。
ヘッドライトだけに照らされたトレイルはどこまでも姿を変えることがなく、どれだけ進んだかの距離感もつかめない。
もしかしたらまだ夢の中にいて、無限に続く空間を歩き続けているのではないか。

冷たい風がさっと肌を撫でる。
下を見ると、もはやニドがどこにあるかが確認できなかった。
大丈夫だ。確かに進んでる。夢はテントに置いてきた。
途中道を大きく間違えてしまい、傾斜の急な岩場を登ったり、大きくトラバースをしなければいけなかったりしたことが体力の消耗に繋がりはしたものの、3時間弱かけてコレラには4:00に到着。

4:00
コレラにはテントがたくさん張ってあり、小さな光がチラチラと上に上がっていくのが見えた。
天気が良い最終日。みんな今日アタックをかけるのだろう。

コレラで10~15分休憩。
標高6000m。C2から500m上がっただけだが下とは比べ物にならないほどに寒い。
冷たい強風が音を立てながら吹き付ける。寒いというよりも冷たい、痛いと表現したほうが的確かもしれない。
もうこれ以上の防寒着は持っていない。持ちうる全ての防寒具がすでに陥落しかけている。

休憩をしすぎて体が冷える前に、といっても立ち止まった瞬間に体は一瞬で冷え切ってしまっていたのだが、次なるチェックポイント、インデペンデンシア小屋を目指して出発した。

おそらくニドを出た時はなんだかんだ言って気が張っていたのだろう。それが調子の良さにつながっていたのかもしれない。
ここまで登ってくると、さすがに疲れが蓄積され、足に鉛がぶら下がったように足取りが重くなった。
6000m超え。酸素濃度は低地の半分以下。いくら息が上がらないペースで歩いたところで、ここまでくると立っているだけで息苦しいのだからどうしようもない。
向かいから襲ってくる寒さや、砂利道と雪渓とを繰り返すイレギュラーなトレイルに自分のリズムをつかめずにいた。
他の登山者は俺を抜かしながらどんどんと上に進んで行く。しかし、もはやそれに遅れをとったとか、自分は遅いのではないかとか、そういうことに思考を巡らす体力すらもなかった。


少しずつ小休憩を挟みながら歩いていると、ある雪渓を越えなければいけない場所で俺の前をゆっくり歩く二人組がいたのが、雪渓にできたトレイルは人一人通れるくらいの幅のため、二人を抜かすことなく後ろを付いて歩いていた。
特に歩くのが遅いわけでもなかったので抜かそうともせず、気にとめることなく歩いていたのだが、ある時二人がくるりと後ろを振り向いた。


「あーーーーーーー!!」


チチョンとスサナだった。
そこまでの驚きはなかった。必ずどこかで会えると思っていたから。

俺は二人に絶対的な信頼を置いていた。この二人についていけば必ず登頂できると思っていた。
二人についていこう。

時間はすでに6時。ニドを出発してから5時間歩いていることになる。
俺のイメージではサミットまではニドから7時間くらいあれば着くものなのかと思っていた。
が、俺はペースも遅いし8時間かかるとして、あと3時間くらいなのだろうか。

「ちなみにチチョン、あとサミットまであとどれくらい時間かかるの?」
「ここからかい?うーん、ここからだと最低でもあと7時間はかかるなあ。」
「、、、、、、え?」

にわかには信じられなかった。まさか…
まだ俺は半分の地点にすら来ていない。
そしてアコンカグアの大きな二つの難所もまだこの先にある。
俺は少しアコンカグアを舐めていた。


二人と歩き始めてすぐに夜が明けた。

群青色の空に一筋の光が刺す。
大地と空を鋭く切り裂く真っ赤な光。
まるで世界が二つに分断されてしまうかのような赤い直線。
とてつもなく美しく、生まれてから見たことのないこの空に感動を覚える余裕はこの時の俺になかった。
この時は疲れと空気の薄さ、寒さで、唯一存在する感情は辛さのみだった。


7:00
ニドを出発してから6時間。
インデペンデンシア小屋に到着。
この時点で俺の体力は限界に近かった。
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気温はさらに低下し、おそらく-20℃ほど。
二枚重ねのグローブの下の指は感覚がなくなるくらいに冷え切り、足の指先も感覚はない。
どことなく痛む頭に、やはり違和感が残る腹。
チチョンの言う時間が本当ならばここがやっと半分地点ということなのだろうが、この先あとどれくらい歩かなければいけないのか、あとどれくらい辛い道が続くのか、先のことを考えないようにした。
一種の自己防衛本能、あるいは現実逃避だろう。さらに辛くなるであろう先の想像に耐えられるはずがなかった。


ここから先は雪の道がメインになるため、クランポン(アイゼン:プラスチックブーツの底につける、尖った爪を持つ滑り止めの金具)を装着する。


ここからが本番だった。


インデペンデンシアを出発してすぐに、第一の難所が姿を現した。
だだっ広い急斜面を端から端まで横断する大トラバース。

左手は壁のような斜面、右側は滑落したらはるか下まで止まらなそうな急斜面が広がる中を真横に横切る。
大トラバースエリアは、左手にそびえる斜面が日差しを100%遮り、また右側に広がる何もない空間には風を遮るものが何もなく、日陰の中で常に前からの強風を受け続けなければならない。
天気が良くて体感温度−30℃、悪いと−40℃の極寒地帯。
体感温度は急激に下がり、登山中、最も寒さを感じたのがこの大トラバースである。

クランポンをつけて、さらに重くなった足で、一歩、また一歩、確かめるようにアコンカグアの雪を踏みしめた。
クランポンをつけていると、爪の金具が雪や砂利、自分のトレッキングパンツに引っかかり、その度にバランスを崩し転びそうになる。
右側に倒れたら戻っては来れない。
足もすくみそうなその高さに、恐怖を感じる余裕すらない。

斜面を横切るといっても、横切りながら斜面を登っているため、斜面は今までよりも急だ。
息が思うようにできず、どれだけ深呼吸しても乱れた呼吸は治らない。
1秒たりとも止まない風が前方から吹き付けて、それだけでも体力はどんどんと奪われていった。
前を歩く二人からも粗く乱れた呼吸が聴こえてくる。二人がこんなに辛そうに歩いているのを初めて見た。

ここら辺でさすがにチチョンたちのペースが自分にとっても遅くなってきた。
というよりもリズムが違い、自分は止まらなくてもいいところで立ち止まったりするため、かすかな苛立ちを覚えるようにもなってきてしまった。

このまま付いて行っても自分のためにはならないだろう。
ある地点で他の欧米人登山者に抜かされるタイミングで、何も言わずに二人を抜かした。


そこから俺は一人になった。


10:00
斜面の対岸までたどり着くのに3時間弱。耐えきれずに岩に腰を下ろした。
大トラバース地帯を支配していた大きな斜面に阻まれていた日差しをやっと全身に浴びることができた。
しかしアコンカグア一番の難所はここから始まっていた。

他の登山者が進む方向を見て目を疑った。
本当にそこがルートなのか・・・?
そこには斜度40°以上(後調べ)の雪の斜面が頂上に向かって伸びている。
これを登るのか…?


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信じられないくらいに急な雪の坂。
登り始めるには心の準備が必要なほどだった。
クランポンの爪でしっかりと雪を掴まないと踏み上がることが出来ないくらいの急勾配に、体が酸素を取り入れようとし続ける。
が、どんなに息を吸って吐いても体内の酸素が満ちることはなかった。

苦しい。

体験したことのない苦しさが全身を襲う。
15分に一回は座り込んで休んでいた。

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上方に見えている岩場が頂上なのか。それともあの向こうにさらに坂が続いているのだろうか。
考えようとしたが思考回路が停止していた。

この時の俺にとって、目の前の一歩が全てだった。

片足を一歩前に出し、5回深呼吸をする。
もう片方の足を前に出し、5回深呼吸をする。
この繰り返し。
そうしなければ呼吸が続かない。
それ以上の体の動作がそもそもできなかった。
1分間にせいぜい2mの前進だろう。

登って来た道を振り返った。
そこからの景色はもはや飛行機から見るような世界が広がっていた。
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休む回数がどんどん増え、ペースはどんどん落ちていった。
100m進むのに1時間かかる。それくらいに体が動かない。

何回休んだのかもはやわからない。まさか13:00なんて…と思っていた時間になっていた。
上方に見えているのはきっとサミットだ。けど、サミットがなかなか近づいてくれない。
それでも、唯一確実なことは、一歩つずサミットに近づいていることだ。





どれくらい歩いただろうか。体力はとっくの前に限界を超えている。座り込んでしばらく動けずにいた。
もう少し。あと少しでサミットというところで一人のアルゼンチン人に抜かれた。
この男は、ここよりも少し下で会話を交わしていた男だったのだが、俺が休んでいる横をそのまま歩き続け、抜き際に「Vamos Kei!(行くぞ、ケイ)」と叫んだ。
行きたいよ。行きたいけど体が動かないんだよ…と立ち上がれずにいたら、「come on friend!」と別の男が俺のことを抜きながら言った。

俺の中で何かが弾けた。



みんながただ、たった一つの目的地に向かって同じ苦しみと戦っている仲間たちだ。



彼らの言葉が俺を奮い立たせた。

もう少しで夢見た場所に立てる。
エベレストトレッキングをして以来憧れていた場所。
まさか本当に登れるなんて思っていなかった山。
その山に登ることを決めたアフリカ。そこから登山のために自分にかけた制約。
アフリカの旅での挑戦が失敗に終わってしまったとき、絶対に、絶対にアコンカグアは登頂してみせると誓った。
と同時に自分にプレッシャーをかけていた。
絶対に登らなくてはいけない。
やると言っておいて、アフリカのときみたいに達成できずに終わったらどうしよう。
応援してくれている家族や友人がたくさんいる中で、また口だけの男になってしまうのが怖かった。
そして登山前に受けた祖母の病気、入院の知らせ。
絶対に山頂からの景色を見せたかったし、登頂をプレゼントしたかった。

サミットにたどり着くことで、とてつもない数のことが報われる。

山に入ってから思うようにいかない高度順応に焦りを覚え、体力のなさに不安になり、次々に起こるトラブルに苛立ち、本当にこんな状態でサミットにたどり着けるのか怖くて仕方なかった。
そのサミットがもう目の前にある。

本当にたくさんの人に助けられながらここまで来れた。
彼らがいなかったら、確かに今ここにいる俺は存在しなかっただろう。
それでも俺は、自分の足で、自分の意思でここまで来た。

いろいろな思いが溢れ出てきて止めることができなかった。
まだサミットにたどり着いていないのに、日に焼けた頬を涙が濡らし、それは頂上まで止まることはなかった。


ニドのキャンプを出発してから12時間、2016年1月22日13時30分。
俺はアコンカグアの頂上を踏みしめた。

ここが南米大陸の頂だ。
俺は大地から最も遠く、空に最も近い場所に立っていた。
深い青に染まる空と、悠久の時を刻んできた力強い山々を隔てるものは存在せず、一つの空間として混ざり合い、俺を包んでいた。
フランシアから見上げたアコンカグア南壁を今は眼下に見下ろしている。
それは俺が歩いてきた道の長さと、乗り越えてきたものの数の多さを意味していた。

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜

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自分に対する誇り。


やっと掴むことのできた確かなその存在を強く抱きしめた。


山頂でしばらく休んでいると、二人の姿が見えた。
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チチョンとスサナだ。
大声をあげながら抱き合った。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
"you are very strong man"とか、"mountain monster"などと言ってくれた。
二人に会うことができて本当に良かった。二人がいなかったらここまで来ることはできなかったよ。ありがとう。
「see you at the summit」の約束が果たすことができ、俺はやるべきことを全てやりきったと思った。

おばあちゃん、俺やったよ。



登頂で登山は終了ではない。
登ってきたら下りなければいけない。
1時間と少し頂上に滞在してから下山を開始した。
下りもニドまでは5時間かかるらしい。
下り始め、カナダからニドまでの道で会った日本語が堪能な韓国人のツアーグループとすれ違い、握手でお互いの健闘を称えあった。
グループの中の女性は歩くのがやっとという状態で、嗚咽しているところを他の人に支えられながら歩いていた。
カナダで会った韓国人のカップルとも会った。
みんなサミットまでたどり着くことができたみたいだ。
それぞれがそれぞれの思いを抱き、ドラマを抱えているのだろう。
登頂を途中で諦めた人もたくさんいるだろう。
この日、アコンカグアには無数の喜びと悔しさが溢れていた。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜




15:00
下山についての詳細は記さない。

下りは登りと同じくらいに辛い道のりだった。
メンタームでごまかしていた膝はとうとう限界を迎え、曲がらなくなってしまった。
斜度40°越えの斜面を下るのは容易なことではなく、登りの時と同じくらいの休憩を挟みながら下った。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
登頂を終えたことによる気の緩みもあったのだろう。ある時、先に見えるあの岩で休憩をしようと決めその岩に向かって足を進めていた。
あと一歩、本当に文字通りあと一歩でその岩に到達するという最後の一歩で、アイゼンの爪がトレッキングパンツに引っかかってしまい、大きく口を開く斜面の下方に前面から倒れてしまった。

「あ、死んだ。」

でんぐり返しをするように急斜面をゴロゴロと転がり落ち、体のいたるところを岩にぶつけながら、死の感触をすぐそばに感じた。
たまたま斜面がなだらかになっている部分があり、必死で地面を掴み、滑落を食い止めることができた。
登山中の事故のほとんどが下山中に起きていることを体全体で認識し、生きて下山を終えることで始めて登頂を達成したことになることを改めて強く自分に言い聞かせた。

途中あるトラブルが起こり、アコンカグアのレンジャーに理不尽に説教をされたり、日が沈む前にはニドに戻れるだろうという見通しは傾く太陽と共にどんどんと諦めに変わり、C3のコレラキャンプに着く頃にはすっかりあたりは真っ暗になっていた。
しかしこのトラブルの”おかげ”で、アコンカグアでガイドとして働くネパール出身のシェルパ族、ジャンブーと知り合うことができたり、山の恐ろしさを目の当たりにし、自分が挑んでいた山の存在の大きさを再認識することができた。
結局ニドに戻り、テントに入ったのは25:00。昨日の深夜キャンプを出発してから24時間後のことだった。



25:00
体は疲れきっているのに、体に溢れかえる高揚感でなかなか眠りにつくことができない。
眠るのが怖い。
もし目が覚めた時に、今日1日の出来事が全て夢だったらどうしようかと考えてしまう。
本当に夢のような1日だった。



■ DAY 12 登山を終わらせるということ 

[Nido de Condores(5560m) ~ Plaza de Mulas(4300m)] 2016/01/23

俺はニドにいるレンジャーが嫌いだ。
サミット日に疲れ切った登山者を意味のわからない理由で深夜まで拘束し、それに加えこの日は朝から遠慮なくテントを揺らされ、心地よい眠りから引きずり出された。

「今すぐにBCへ下れ。」

テントを開けて間髪入れずにぶつけられたその一言に、まだ目覚めていない頭は混乱と共に苛立ちを覚えた。
昨日の疲れがまだ取れていない。
俺はテントに泊まるのがもともと好きだ。サミットを終えた今、下山を急ぐ必要はないし、登山パーミットが切れるまで山でテント生活することに苦を感じない。むしろプレッシャーがない状態で山での生活を満喫したかった。
ニドからの景色も好きだったし、この日は1日ニドでゆっくりし、もう一泊してからBCに下るつもりだった。

それが、いわばニドの責任者であるレンジャーにより下山命令が出された。
理由はほとんど分かっていた。だからなぜかを問うことはしなかった。
もし理由が「これから天候が悪化する」だったら周りのテントも撤収を始めているはずだ。
なぜここまで俺のスケジュールを操作されなければいけないのか。

「今すぐなんて無理だ。今起きたんだよ。」
「じゃあ30分後だ。30分で支度をしろ。」

拒否することを許さない口調で命令されたことに苛立ちながらも、”40秒で支度しな”ではなくてよかったと思った。

久しぶりのパッキングを済ませて、レンジャー小屋へ。
無理やりにジャケットのチャック部分を引っ張られて破壊された。
こいつらは本当になんなんだ。

山に留まれば留まるほど面倒臭いことに巻き込まれ不愉快な思いをするのならば、いっその事一刻も早く下山してしまいたいと思った。

ニドからプラサデムーラスに下るのは大変なことではなかった。
サミットを終えた今、登りでは常に頭を支配していたペース配分や、水分補給はすっかりその姿を消し、メンドーサに戻ったら何をしよう、何を食べようという考えに取って代わっていた。

5日ぶりにBCに戻り、テントを張った。
時間はまだ正午前後だが、ここから登山口のオルコネスまで下るとなると7、8時間くらいはかかる。行きは12時間かかった道のりだ。
オルコネスの登山口が閉まるのは18:00。それまでにゲートを出なければいけない。
と考えると、今日中に登山を終えることは難しく、明日の午前中に出発し、明日全行程を終えることにした。

もう水を作るために雪をかき集め、計画的に溶かす必要もない。
時間を計算して薬を飲む必要もない。
後の行程を考えて摂取カロリーや水分ノルマを気にする必要もない。
酸素の薄さに頭痛を心配する必要もない。
押しつぶされそうなプレッシャーを感じる必要もない。

俺に残されているのは、残り少ない登山をいかに気持ち良く消化するかだった。
タスクのない開放感に身を委ね、山から吹き降ろす風に揺られよう。



ムーラスに戻ったら、真っ先に登頂を伝えたい人がいた。
歩き慣れた道を通り、今までとは全く違う面持ちでそこを訪れた。

「Hi Kei!調子はどう?」
「ベロニカ!俺、登頂したよ!」
「えっ?!本当?!Congrats!!」

そう言って彼女は俺のほっぺにキスをしてくれた。
俺の登山を続行させてくれた彼女に登頂の報告をすること。それは俺がベロニカにできる唯一の恩返しだった。


早く山を降りて、自分の無事と目標の達成を伝えたい人がたくさんいる。

下山した瞬間に俺の登山は終わると思っていた。しかしそれは違った。
自分の言葉でこの登山を伝えることが、俺の登山を終わらせるのだと思った。



■ DAY 13 穴 

[足止め日] 2016/01/24

テントのポールが一本欠けていることによる身の危険を初めて感じる。

昨日の深夜、今までに体験したことのない強風が吹き荒れた。
強風でテントは歪み、テント側面が寝てる俺の顔を覆う。ポールはありえない方向に曲がり折れても何も驚かないくらいだ。聞いたことのない音を立ててテントは形を変え続け、この風ならテントが破けるどころか、中に入っている俺ごとどこかに吹き飛ばされるんじゃないかとすら思えた。

朝、ムーラスは雪に覆われていた。風とともに雪も降ったらしい。
テントは風で流されその位置を変えていた。

風の山、アコンカグアが牙をむいた瞬間だった。
やはり二日前のアタックが最後のチャンスだったみたいだ。1日遅れていたらこの風の餌食になっていたことだろう。

もしかして昨日、ニドのレンジャーはこのことを予期していたのだろうか。
ここから1000m以上も標高の高いニドの風は比べ物にならないだろう。
あのままニドに留まっていたらと考えるだけでゾッとする。


今日は長い道のりになりそうだ。
まず登山開始の初日に泊まったコンフレンシアまで20kmの道のりを歩き、そこから一気に登山口のオルコネスまで下る。
総歩行距離は30km弱。7〜8時間の行程だ。

メンドーサまでのバスが20:00。それまでに下山を完了すれば今日中にメンドーサに戻ることができる。

美味しいご飯が食べれる。何を食べようか。アルゼンチンらしく贅沢にステーキでも食べようか。
ビールも飲めるぞ。いや、メンドーサならビールじゃなくワインを飲むか。
甘いものも食べたい。半袖半ズボンで町を歩きながらアイスでも買っちゃおうかな。
半年前からこの登山のためにやめていたタバコも吸うことができる。

人間の3大欲求、とりわけ食欲はとんでもなく大きく、その他すべてを排除する力を持つ欲望と言っても過言ではない。
これらの想像は登頂の余韻をかき消すほどの魔力を持っていた。


舌の上にジューシーな肉汁や、冷たい炭酸を想像しながら、変形したポールを折りたたみテントを片付けた。


そんな時、耳を疑う知らせが入る。
INKAのテントの責任者らしきおじさんが英語でこのニュースを教えてくれた。

「ペニテンテスからメンドーサまでの道が◯◯◯◯で通れない。いつ復旧するかわからないそうだ。」
「え?!何があったの?」
「ええと、◯◯◯◯(スペイン語)なんだけど、英語で言うと、うーん、ちょっとちがうけど雪崩みたいな、、(手で何かが崩れる仕草)」

推測するにどうやらlandslide(土砂崩れ)が起き、そこを通る全てのバスが運休になっているらしい。
土砂を取り除くのに時間がかかるらしく、いつメンドーサまでのバスが再運行されるのかがわからないようだった。

随時情報を伝えるとは言ってくれたものの、1日で復旧するなど考えづらい。
下手に下山して、キャンプを張る場所が見つけられず、高いホテルに泊まらなけらばならないという事態は避けたい。

すでにメンドーサに向かっていた気持ちを断ち切る決断を迫られた。


仕方なく一度片付けたテントをもう一度張り直し、テントの中に寝そべりながらまだ遠く手の届かないメンドーサに想いを馳せた。


今まで自分のテントの周辺しか行動範囲としてこなかったBCを、この日は歩き回ってみた。
こんなスペースあったんだ。こんなテント誰が泊まっているんだろう。ベースキャンプにミュージアム?3分ごとに写真を撮って配信しているだって?
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
この時に初めて発見するものがたくさんあった。

体調管理や先へ進むことへ夢中で周りが全く見えていなかったのだろう。
どれだけ必死にアコンカグアに食らいついていたか、そして今、どれだけの安心感を感じているのかを意味していた。
それは顔にも現れていた。
ここで撮った自分の写真を見て驚いた。日焼けで顔が腫れているのか、浮腫んでいるのか、とにかく写真の中の自分が別人に見える。
ふと手を見てみると、手はクリームパンのように腫れ上がっていた。毎日トレッキングポールを突き続けた衝撃が蓄積されていた。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
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自分がアコンカグアで過ごしてきた時間を肉眼で見ているようだった。

標高4300mまで降りてくると、体感酸素濃度は雲泥の差であり、数日前には理解できなかったポーターたちが蹴鞠(?)を楽しんでいる様子もこの時は納得がいった。
しかし寒さは相変わらずで、冷え切って感覚がなくなった足先をバーナーで温める。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜

ふと自分の中に渦巻く得体の知れない感情に気づいた。
寂寥感というか、100%ネガティブではないその感情は感謝の念でも満ち溢れているが、達成感とも少し違う。
心地よくもあり、底のない穴があいているようにも感じられる。

メンドーサまでのバスが走るかどうかはわからないが、ここにいては情報が来ないため、明日ベースキャンプを出ることになるだろう。
明日で登山日程を終了することになる。
長い間追いかけ続けてきた目標がなくなってしまう。

それは、一つの夢を達成したことにより生まれた虚無感だった。


足先から伝わって来る熱が、その空虚を温めることはなかった。



■ DAY 14 最初の晩餐 

[Plaza de Mulas(4300m) ~ Horcones(2950m) ~ Penitentes] 2016/01/25

相変わらずの暴風による恐怖であまり寝ることができなかった。

まだ太陽も差し込まないうちに起きて朝ご飯をかきこみ、テントの撤収に取り掛かった。
太陽はいつまでたっても差し込むことはなかった。この日は登山日程中で最も天気が悪く、厚い雲が空を覆い冷たい風が吹き続けている。

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜

荷物をまとめ、登山中に出たゴミを全てINKAのテントに渡し、パーミットにサインをもらう。
同じように、ウンコ袋に入れたウンコをレンジャーに提出し(実際はレンジャー小屋の隣のゴミ箱に捨てるだけ)、サインをもらう。
この手続きを忘れてしまうと、罰金を払う羽目になる。

全ての手続きを済ませ、バックパックを背負った。
荷物はすっかり軽くなっていたが、バックパックにはたくさんのものが詰まっていた。
そしてそれはどんなものよりも重く、大切なものだ。

「バイバイ、アコンカグア」

小さな声でそうつぶやき、プラサデムーラスを後にした。


姿を見せない太陽、上がらない気温、吹き付ける風、その全てがアコンカグアを去るもの寂しさを増長させていた。

登って来た時とは全く別の景色を見ながら、無心で歩き続けた。
休憩もほとんどせず、常に早歩きで高度をどんどんと下げた。
次第に濃くなっていく酸素に、疲れは全く感じなかった。

この場所で心が折れそうになったな、とか、ここでチチョンとスサナに会ったなとか、2週間前の自分の姿をいたるところに見ながら、自分が歩いてきたトレイルを一歩ずつ下った。

ムーラスを出てから7時間弱、登山口のオルコネスに到着した。
空気が生ぬるく体にまとわりつく。
久しぶりのアスファルト。久しぶりの植物。久しぶりの登山服以外の人間。
アコンカグアを離れることに寂しさは感じていたが、やはり「帰ってきた」という感覚が強い。

ここからINKAのシャトルバスでINKAの事務所まで送ってもらった。
そこからメンドーサ行きのバスが出ているはずだ。

2週間前と同じイケメンがそこにいた。
イケメンの同僚と思しきスタッフはシャトルバスで到着した登山客にこう告げた。

「今日はバスが運行していない。」

想定はしていたものの、心のどこかで今日中にはメンドーサに着く自分を想像していたのか、ショックは大きかった。

「明日は動くの?」
「それは明日にならないとわからない。」

その知らせを聞いた後も今日中に帰りたい気持ちは依然として俺を支配していたが、どうすればいいのかわからなかった。
その横で、一緒のシャトルバスに乗っていた4人組くらいのアルゼンチン人グループはせっせと帰り支度をしている。
どうやって帰るつもりなのだろう。
もしかして自分たちの車があるのだろうか。そうしたら頼んで乗せてもらうことはできないだろうか。

そんなことを考えていると、例のイケメンが声をかけてきた。

「今日バスがないから、希望するならINKAの車でメンドーサまで送るよ。$200で。」
「にひゃk。。。。。いや、お金ないから…」

そういうことか。貧乏旅行者には迷う余地もないほどの高額なオプションだ。


笑顔でパッキングをして車に乗り込む彼らの姿に羨望の眼差しを向けながら、俺はその場から離れることはなかった。

この時とある男が得意げに声をかけてきたのを覚えている。
イケメンから、「そいつと$100ずつシェアすれば?」と提案されていた男だ。
もちろんその男にも俺に対してされた提案と同じ提案がされている。

男「時に金をケチらないことも大事だよ(ドヤ」

得意げにそう言い捨て、「こいつ何言ってんの?」とあっけにとられる俺を尻目にヤツは車に乗り込んだ。
そして車は去っていった。
俺は知っていた。そいつが、俺に聞こえないようにコソコソ声でイケメンに「一人で$200払うから一人で乗せてほしい」と話していたことを。
そうして車は全て出はらい俺は金を払ってもメンドーサに帰れない状態になった(そもそも払えないけれど)。

実はそいつに会うのは初めてではなく、元から性格の悪さは感じており、そいつなりの嫌がらせだったのだろうが、俺は「1000円弱で帰れる距離に$200も払うなんて馬鹿だなあ、ププ。」と哀れに思えた。



さて、俺は今夜の寝床を確保しなければならない。
半地下の駐車場にあるINKAのスペースは風もこず気温も適温、寝るには恰好の場所だった。

「ねえねえ、今夜ここで寝ちゃだめ?いい?お願い。。行き場所がないんだ。(テントを張るのが面倒臭い)」
「うーん、ここは閉めるしだめだなあ。」
「そっか。。」

今夜もテント泊。同じ味のパスタで腹を満たすことになるのか。
せめてこの建物の前にテントを張らせてもらおう。
そのことをお願いしようとした時、イケメンが声をかけてきた。

「近くに僕らが生活しているホステルがあるんだけどそこに泊まるかい?」
「ホステルがあるの?How much?」
「just 2 minutesだよ!」
「あ、いや、how much money?」
「お金?お金なんていらないよ。僕は君を招待しているんだ。」

なんてことだ。$200も取るなんて阿漕なことするなあと思っていたら、内面までイケメンなヤツではないか。
彼の名前はガービー。ガービーはタバコは吸わないがマリファナが大好きだという19歳で、シーズン中はINKAのスタッフとして働いているらしい。
ガービーと部屋をシェアしているビートも合流し、3人で彼らの家に向かった。

車で本当に2分の場所に彼らの家はあった。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
ガービーが言うように、YHAのマークがあるその建物は確かにホステルであるようだが、まるで廃墟のように朽ちていて使用されている気配がなかった。
三角屋根の建物がガービーたちの住まいだ。中に入ると生活感にあふれ、山小屋のような雰囲気が漂うその空間を好きになるのに時間はかからなかった。

ここはペニテンテスというアルゼンチンのスキーリゾートだ。オフシーズンの夏はスキー場は閉鎖され、それに伴いスキー客が泊まる宿も営業していないのだろう。
ここ一帯はゴーストタウンといった装いで、冬に賑わいを見せる姿は想像できない。
全窓が雨戸(?)で占められている完全に廃墟のようなホテルに近寄った時に、近くの窓の内側におじさんの顔が見えた時は心臓が止まるかと思った。
とりあえず手を振るという意味不明な行動に、手を振って返してくれたおじさんは生きている人間だった。

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜

人間の温度を感じることのできないこの町は一見不気味にも思えたが、なぜだか居心地が良かった。
冬は人で溢れ、そして今は人に必要とされない。その儚さが美しく感じられた。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜


家に戻るとビートがご飯を作っていてくれた。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜
アルゼンチンでよく食べられる料理らしいが名前を忘れてしまった。
しばらく口にしていなかった肉。野菜。ソース。
きっとどんなにいいレストランの料理も、下山後最初の食事としてこの料理を超えることはできなかったのではないかと思う。
家に招いてくれただけではなく、晩御飯までご馳走してくれた二人の優しさが、この食事をさらに特別なものにした。

この食事を食べるために、この二人に会うために、神様が土砂崩れを起こしたのではないか。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜

俺は、土砂崩れに感謝すらしてしまった。



■ DAY 15 山に登るとということ

 [Penitentes ~ Mendoza] 2016/01/26

地下にあるドミトリーのような部屋のベッドを一つ使わせてもらった。
起きたらガービーもビートもいなく、俺は手紙を書き残して家を出た。

「もしバスが動くなら、最初のバスは10:00だ。」

ガービーはそう言っていた。
その言葉通り、10:00にINKAの半地下駐車場スペースに向かった。
歩いても10分かからない近さだ。

ガービーはすでに働いていて、ビートの姿はなかった。
ガービーと挨拶を交わし、俺は外でバスが来るのを待った。
ガービーたちにも今日バスが来るのかどうかはわからないらしい。


手持ちのアルゼンチンペソだと帰りのバス代すら払えなかったので、隣のお高そうなホテルに行き、USDをペソに両替してもらった。レートはさほど悪くない。
このホテルのオーナーと思しき男性が話しかけてくれた。
「バスを待っているんだろ?さっきメンドーサ方面から大型バスが走ってきたのが見えた。多分道はもう開いているってことじゃないかな。今の所メンドーサ行きのバスが来る可能性は30%だろう。」
英語の発音からしてアメリカ人だと思われるその男性は、その後も何度も顔を会わせるたびに「今はこういう状況だからこうなるかもしれない。ここで待つよりもあっちで待ったほうがいいかな。」などと助言をしてくれた。

いまいちどこにバスが来るのかわからない状況で待つことに一抹の不安を感じていはいたが、あるタイミングでガービーが「Kei、車に乗って。バスが停まる場所まで連れて行くよ!」と声をかけてくれた。
「メンドーサにはプールがいっぱいあるから、帰ったら泳ぎに行くといい。ゆっくりしなよ!いつか日本に行くからね!」

本当にありがとう。
ガービーと握手をして、彼は車で走り去った。


メンドーサに続く道を眺めていると、バスが何台も走っていた。中にはInternationalと書かれたチリ行きであろう国際バスの姿もあった。
ガービーが言った10:00はとっくに過ぎていた。

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登頂編〜

遠くにはアコンカグアの頂が依然として聳えている。
あの山の中で、すべての出来事を受け入れなければいけなかったように、俺がどうあがいたところで道を塞ぐ土砂が消えるわけではない。俺は、自然の中で全くの無力だ。



道行く車を眺めていたら、バスが来るかどうかなんてことはもはやどうでもよくなってきた。


山に登るということは、自分の力を知ることではなく、自分の無力さを知ることなのかもしれない。
全てを受け入れ、己の限界を認めること。
過信を捨て、それでも自分を信じ続けること。

そうする者に開かれた道が人を頂に導き、それらの念は自然への畏敬、自己への誇りとして昇華されるのだろう。


空中を眺めながらそんなことを考えていた。




アコンカグアの方から、見たことのあるバスが走ってきた。
2週間前にメンドーサで乗り込んだ黄色のバスだ。
どこに隠れていたのだろう、数人の人たちがどこからともなく現れバスに乗り込んでいる。

俺もこの救済の方舟に飛び乗った。
バスは何もなかったかのようにゆっくりと走り出す。俺はすぐに深い眠りについた。

















前に半袖短パンで外を出歩いたのがずっと前のことのように感じられた。
木陰で横たわっていると、ポカポカとした空気にウトウトしてくる。
食べたいものはすぐに食べられ、飲みたいものもすぐ飲める。
蛇口をひねればお湯が出て、冷凍庫には冷たいアイスクリームが入っている。

メンドーサに流れる時間は何も変わっていなかったが、この空間にどこかよそよそしさを感じた。




メンドーサに戻ってから、無事に下山したことと登頂を達成したことをすぐに家族に連絡した。
綺麗に撮れた写真もピックアップして、病室にいるおばあちゃんに見せて欲しいと送った。


次の日の朝、家族からメールが返ってきた。
そのメールにはこう記されていた。






「おばあちゃんが天国に旅立ちました」





と。


何かで頭を殴られたような感覚だった。
俺はやるべきことを全て終わらせたと思っていた。何もかもうまくいったと思っていた。
しかし、山頂からの景色を一番見せたかった人に、登頂を一番伝えたかった人に、その報告をすることができなかった。



「おばあちゃんも圭の無事を祈っていてくれてたんだよ」



PCの無機質な画面をしばらく見つめながら、その場で涙を流し続けた。









おばあちゃん、ごめんね。
俺、間に合わなかった…。











きっと祖母は天国からも応援していてくれたのだと思う。
太陽となって俺を温め、月となって山を照らし、風となって会いに来てくれた。
そして俺を南米大陸で最も天国に近い場所に連れて行ってくれたのかな。








アコンカグアの登山は、自分の人生の中で最も大きな挑戦の一つだった。
この挑戦に対する思いは特別なものがあり、中途半端な言葉で綴ることがどうしてもできなかった。
そして今、やっと文章にまとめることができた。

自分の言葉で伝えて初めて登山が終了すると俺は言った。
俺のアコンカグア登山は、「今」幕を閉じたのかもしれない。






この登頂は、亡き祖母に捧げます。

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2016/05/21

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

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2016/08/22

僕は生きています

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COMMENT

三矢

この度は登頂おめでとうございます。

今現在西アフリカを旅行中でブログを参考にさせていただいているものです。ブログの更新が2月から止まっていたのでその後どうなっているのか気にかかっていました。

キリマンジャロと違いアコンカグアは素人では登れない山と聞きます。お祖母様も天国で喜んでいらっしゃることと思います。再度になりますがこの度は誠におめでとうございました。

返信 REPLY

2016-05-21 22:53:27

三矢

ネット環境が悪いせいか同じコメント連投になってしまいすみませんでした…消してください。

返信 REPLY

2016-05-22 02:33:09

KEI

三矢さん、コメントありがとうございます!
他の記事も読んでいただけているみたいで嬉しいです。西アフリカにいらっしゃるんですね。

アコンカグアは登山技術を要しない山なので、全くの素人、、という人は厳しいかもしれませんが、そういう意味では他の高難度の山に比べると易しい山らしいです。

これでやっと西アフリカのブログが再開できます。今どの辺りでしょうか?このブログがまたお役に立てたら幸いです^^
ありがとうございます!

返信 REPLY

2016-05-22 05:12:06


サキ

こんにちは!
恐らく覚えていないと思いますが、ラリアンの一個下でちょこっと一緒だったサキ(ポンジョ)です(^^)
だれかのFacebookから飛んでたどり着いて、夢中になって読ませてもらいました!ケイちゃん(馴れ馴れしくすみません…笑)のようにうまく言葉を伝えることができないのですが、とっってもかっこいいです!強い気持ちをもったごくごくごくわずかな人にしか経験できないですね。本当にこの登頂記録にひきこまれました!日本の山をちょっとかじって登っていますが、いつか易しい易しい世界の山にも登ってみたいです(^^)
本当におつかれさまでした!
登頂おめでとうございます!おばあちゃんも守ってくれたんですね!
突然のコメント、失礼しました!

返信 REPLY

2016-05-23 20:06:32

KEI

サキ、久しぶりです。読んでくれてどうもありがとう!
サキのこと覚えてるよ、むしろよく俺のことを覚えてたねw

嬉しいコメントもどうもありがとう。これを読んで何か思うことがあってくれたらそれだけで俺は山に登ってよかったと思えるよ。
サキも山やるんだ!俺が日本に帰ったらどこかの山に登りに行きましょう!俺、日本の山そんなに登ってこなかったから笑

いつか海外の山に挑戦できるといいね。世界の山はでっかいぞ〜

返信 REPLY

2016-05-24 06:44:33

サキ

覚えてるんですか?!びっくり!嬉しいです(^^)ほとんどテニスも一緒にやってないですよね笑
わたしも3年に上がる前に辞めたんです(^^)

うわ!ぜひぜひ!!登りましょう!帰国したらいつでも声かけてください(^^)日本の山、勉強?しときます!世界の話も沢山聞かせてほしいです!

返信 REPLY

2016-05-30 20:18:22


S

アコンカグア 登頂おめでとう。

無事に下山出来て本当に良かった。


おばあちゃんのご冥福を祈ります。
写真を通してでなく、keiと一緒に山頂からの景色を眺めたんだね。
「間に合わなかった」なんてことは絶対に無い。
とても幸せそうなおばあちゃんが目に浮かぶよ。


人の心は、いろいろなものを飛び越えて、
最後は一つのところに帰っていくのだろうか。
次再会した時は、思いっきりハグしてもらいなね!


いつも更新を楽しみにしています。
では。

返信 REPLY

2016-05-31 15:15:21

KEI

Sさん、コメントありがとうございます。

コメントを見て、涙がでてきました。
なんだか不思議と気が楽になったというか、おばあちゃんも見てくれてたんだなーって思ったら、頑張って登った甲斐があったかなって思えます。
おばあちゃんが天国で喜んでくれていたことを願ってます。

更新がとんでもなく遅いブログではありますが、また見に来てくれると嬉しいです。

では。

返信 REPLY

2016-07-25 10:44:48


コアラ

KEIさん先日は返信ありがとうございました。
あれからまた読ませて頂き、このアコンカグアの記事で、こちらも涙が出そうになりました。今更ですが、登頂おめでとうございます。
高山病や膝の痛みに耐えながら無事下山でき、今に至り、離れた国ですが元気に過ごされてるみたいでよかったです。

下山では奇跡が何度も起きましたね。
お祖母様の事について読んだ時、すぐに、あの時KEIさんは守られていたんだなと思いました。
他の方も仰る通り、お祖母様も一緒に景色を見ていたと思います(*^^*)

今はゆっくり長旅と登山の疲れを癒してくださいね。
沢山の感動をシェアして頂き、ありがとうございます。
こちらのブログに辿り着けて、本当に良かったです(*^^*)

返信 REPLY

2016-10-24 03:46:44

KEI

コアラさん、こちらの記事にもコメントありがとうございます!
そして返信が遅くなってしまってすみません。。

この登山のことを読んでもらえて嬉しいです。記事にも書いたように、この登山は僕にとって特別な経験でした。
人生でしたことのないような挑戦だったし、それを達成できた喜びがある反面、やはり悔しさというか、間に合わなかったなっていう残念な気持ちは未だにありますね。
ただ、皆さん行ってくださるように、ばあちゃんも頂上からの景色一緒に見てたのかなーなんて考えると少し気持ちが楽になりますし、それこそ俺を守ってくれてありがとうって感謝の念でいっぱいになります。

このブログを読んで、何か感じていただけたらそれだけで幸せなんですけど、たどり着けてよかったと言ってもらえると、ああ、書いててよかったと心から思えます。どうもありがとう。

返信 REPLY

2016-12-12 20:08:15


maruo_haas

アコンカグア登頂おめでとうございます。

準備編の後からまったく更新がなかったので
ブログを止めてしまったのかと思っていたんですが、
単なる登山ではなかっただけに時間が必要だったんですね。

ところで、私も2ヶ月後にアコンカグア登頂をしようと考えています。
今のところ特に心配しているのが

1)上のキャンプに荷上げした荷物をデポする場合どうするのか?
2)EL REFUGIOで借りるテントはどのようなものか?
3)アコンカグアは風が強いのでテントの設営・撤収は難しいのか?

です。

もしよろしければ返信をお願いします。

返信 REPLY

2016-11-25 22:37:30

KEI

maruo_haasさん。
どうもありがとうございます。
更新が驚くほど遅くてゴメンなさい。笑

ご質問にお答えしますね。
1)上のキャンプに荷上げした荷物をデポする場合どうするのか?
その時の状況によりますが、基本的にはでかいビニールなどに入れて岩陰に隠して、目印をつけておきます。道中知り合った人がいて、タイミングが合えば預かってもらう方がいいですね。

2)EL REFUGIOで借りるテントはどのようなものか?
hardwearの2人用テントです。2人用とは言いつつ3人は寝れるでかさで、まあまあ重いです。
www.mountainhardwear.jp/items/OU9652/
このページにあるテントにフライシートをかぶせた感じで、前室もあり、強度もあり、かなり快適です。

3)アコンカグアは風が強いのでテントの設営・撤収は難しいのか?
確かに強風ですが、よほど吹き荒れていない限り一人で設営撤収できるレベルでした。上記のテントが設営しやすいというのもあったかもしれません。


こんな感じでしょうか。
何かさらに不明な点あれば何なんりと!

返信 REPLY

2016-12-12 20:18:08


maruo_haas

圭さん、回答ありがとうございます。

12月上旬に南米へ出発して以来、こちらのブログを見る機会が無く、お礼が遅くなってしまい失礼しました。スイマセン。

「自分にアコンカグアを登ることなど出来るのだろうか?」という不安はありますが、挑戦しなければ多分一生後悔すると思うので、やはり挑戦することにしました。

それにしても、アコンカグアの高さだけでなく、アルゼンチンの物価の高さも怖いですね~。

返信 REPLY

2016-12-28 12:05:52

KEI

いえ、まだこのブログを読んでいただけていて嬉しいです。
そろそろアコンカグアへの挑戦が始まる頃でしょうか?
登頂できることを心から願っています。
頑張って下さい!

返信 REPLY

2017-01-13 00:01:42


maruo_haas

KEIさん

アコンカグアに登頂出来ました!

もちろんKEIさんのブログを参考させてもらいましたし、質問にも回答していただきありがとうございました。

お礼を兼ねて報告させていただきます。

返信 REPLY

2017-02-01 04:01:49

KEI

maruo_haasさん。
登頂本当におめでとうございます!!!!!
登頂できたのかなあと考えていたところの報告で安心したのととても嬉しい気持ちでいっぱいです。
このブログが少しでも何かの役に立てたのならそれだけで幸せです。
ゆっくり体を休めてくださいね。

返信 REPLY

2017-02-07 18:54:40


maruo_haas

KEIさん

ありがとうございます!

私にとってアコンカグア登頂は大きな目標だったので、
これをけじめにして長期旅行は終わりにしようかな。
とも考えました。

でも、私はまだアフリカ大陸へ行ったことがないので、
モロッコから南アフリカまで陸路のみで
アフリカ西海岸縦断をして長期旅行を終わりにしようかな~。
と考えてます。

またKEIさんのブログを参考にさせてもらうことになりそうですね。

返信 REPLY

2017-02-12 17:31:59

KEI

これからアフリカに入るのでしょうか?
旅の終わり方って、もしかしたら旅の中でもっとも大事な瞬間かもしれないので、やりきったと思えるまでつづけられたらいいですよね。
この先の旅路もこのブログが役に立つことを祈っています。
どうかお気をつけて旅を続けてくださいね。

返信 REPLY

2017-03-07 17:28:37


寺田大地

こんにちは、16歳の高校一年生です。
シンガポールに住んでいるのですが、つい最近ネパールに旅行に行きエベレストをみて感動して登りたいと思いました。
しかし、さすが、に無理があると思いアコンカグアをトライしてみようかと思うのですが、アコンカグアにアタックする前に,何か特別な準備や体慣らしに山等に登りましたか?
装備の費用や全体的なコストも教えていただけると幸いです。
お願いします。
登山について調べていると、なかなか実体験をブログにしている方が少なく,貴重な情報源として読まさせていただいています。

返信 REPLY

2017-03-05 13:46:06

KEI

寺田大地さん、コメントありがとうございます。
エベレストに登りたくなる気持ち、わかります。笑
僕も旅の中でネパールに行き、エベレストトレッキングをしたことがきっかけでアコンカグアに登ろうと考えるようになりました。旅の道中での挑戦だったので特別なトレーニングをすることもなく、事前に登った山といえばそのエベレストトレッキングくらいでしょうか。

装備や費用などの準備に関することは、
http://trippin-k.com/diary/detail/87
こちらの記事にまとめてあります。もしよければ参考にしてみてください。

返信 REPLY

2017-03-07 17:35:51


Hello there! This is kind of off topic but I need some advice from an established blog. Is it very difficult to set up your own blog? I'm not very techincal but I can figure things out pretty quick. I'm thinking about setting up my own but I'm not sure wh

Hello there! This is kind of off topic but I need some advice from an established blog. Is it very difficult to set up your own blog? I'm not very techincal but I can figure things out pretty quick. I'm thinking about setting up my own but I'm not sure where to begin. Do you have any points or suggestions? Thank you

返信 REPLY

2017-03-17 04:49:58


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