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南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

2016-05-21 08:11:55 アルゼンチン : アコンカグア

■ DAY 6 さらに上へ 

[Plaza de Mulas(4300m) ~ 4500m地点 ~ Plaza de Mulas(4300m)] 2016/01/17

太陽の熱が体を優しく起こす。
昨日のこともあったので、朝からメディカルチェックをしにドクター小屋へ向かった。
血中酸素濃度は86%。かなりいい。頭痛もなくなっているし、BCに来てから一番体調がいい。
ベロニカにも会えた。
彼女は数値が良くない登山者に対して、「これはただの数字だから、あんまり深刻に受け止めないで!」と声をかけていた。
本当に人を元気づけるのが上手な人だ。

俺の体調に何の問題もないことに安心しドクター小屋を出ると、一人の日本人に会った。


こんにちは


彼は既に登頂を終え、これから下山するところだという。
話を聞くと、彼はなんとプライベートツアーで$8000かけてアコンカグアに臨んだそう。
その金額に目が飛び出そうになったが、驚くのはまだ早い。
なんと彼は南極大陸最高峰、ヴィンソン・マシフにも登頂している。かかった金額、なんと1200万円。


(^ ν^)


気にはなったが、どんな仕事をしているのかは聞くことができなかった。
そんな彼に、この先のトレイル状況や、登頂のために大事なことを聞く。
「アイゼン履いて歩くときはこういう風に歩いたほうがいい」
「ハイキャンプで作った水はタオルに包んだり寝袋に入れておかないと凍ってしまう」
「テントを止める石はかなりでかいのじゃないと強風で飛ばされる」

「アコンカグアは高度順応が全て。とにかくゆっくり、ゆっくり。」

彼と一緒にいたベトナム人はC2のニドコンドレスまで上がっていたものの、頭痛がして一旦BCまで降りてきたそうだ。
それは高度順応の大変さを物語っていたし、人によって順応速度が違うのも確かだった。
俺は遅い。けれどそれが焦る理由にはならないと何度も自分に言い聞かせた。


その話を聞く横でなにやらざわめき立っていた。
一人の女性が何人もの人に写真を頼まれている。
なにかの有名人なのだろうか。

「ああ、あの人は、アコンカグアのゲートから山頂まで最短登頂の世界記録に挑んでるブラジル人らしいよ。」
「最短ってどれくらいなんですか?」
「今の世界記録が9時間くらいらしい」
「?!?!」
「今日も練習で山頂まで行ってきたらしい。」
「練習……」

こちとら6日かけてここまで来てゲロゲロしてるのに、9時間でサミットとは。。。化け物かよ。
しかも練習でサミットとは。こちとらそこに全てをかけているのに。


そういえば、と思い出したように彼にお願いをした。

「あの、もう下山するのなら今日中に登山終了ですよね?もしよかったら日焼け止めを売っていただけませんか?」

そう、何を隠そう、もっとも重要なアイテムの一つ、日焼け止めを持ってくるのを忘れていた。
BCですら4300m、既に5000m以上の場所にも行っている。肌はもうボロボロで、気休めにタオルを顔に巻いて歩いたりもしてみたが、強い紫外線はタオルでは防げないようだ。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

ジンジンと火傷のように痛む肌は、持参したメンタームを塗って誤魔化していた。
登山家の田中君曰く、日焼けは疲労にも直接関係してくるから絶対にあったほうがいいと。

「日焼け止め持ってないんですか?!いいですいいです、差し上げます!」
「いやっいいです!買い取ります!」
「いえいえ、これが旅ですから。私も色々な人から助けられたので。」


そう言って彼は彼のアコンカグア登山を終了させるために登山口へと向かっていった。
また優しさを受け取ってしまった。
俺は誰かに何かを与えられているのだろうか。



テントに戻り昼食を食べ、洗濯を済ませる。



そういえばこの前日、俺が高山病で死にそうになっている最中、一つの良いできことが起きた。
水を汲みにINKAのテントに向かったところ、テントの横のスクラップ置き場のような場所に見たことのあるトレッキングポールが転がっていた。
もしかして…
色、メーカー、傷の付き具合、どれを取っても消息を絶っていた自分のトレッキングポールとしか思えない。
周りにいたスタッフに、これポーターか誰かの?!と聞きそうになったが、待て待てどう見ても俺のトレッキングポール。持って帰るのに誰かの許可が必要なわけがない。
きっとBCに到着した時にどこかに置いたまま忘れてしまったポールをポーターか誰かが勝手に持って行っていたんだろう。
見つけですぐにINKAのテントに駆け込み、
「今日10日$80でポール借りるって言ったけど、自分のが見つかったんだ!これ返しますね!(今日1日使ったけど。)」
「ああ、了解。よかったね^^」
諦めないでいれば、必ず道は開ける。使い古されたこの言葉を体現していることに少しの喜びを感じた。





思い描いていた予定では、明日C1のカナダまで荷揚げ、つまりテントや食料、ほとんど全ての荷物を運び上げるつもりだったが、まだ決め切れていなかった。
どちらにせよ、今日は体調がいい。プラスチックブーツに慣れるために、少しハイクすることにした。

スキーブーツのようなプラスチックブーツは重く膝にぶら下がり、文字通り悲鳴をあげた。
そして進むにつれて頭が痛くなってきたような気がしたため、昨日の二の舞にならないように、200m高度を上げたところで引き返した。
下りの膝がどうだったかは言うまでもない。足をピンと伸ばしたまま坂を下るのがどれくらい大変なことか。

テントに戻り、お茶を飲みながら考えていた。
天気のことを考えると、やっぱり明日にはカナダに荷揚げするくらいじゃないとダメだ。
いくら「ゆっくりゆっくり」と言っていても、時間は無限じゃない。
山に滞在できるのは20日間。食料やガスにも限りがある。


明日ベースキャンプを出よう。


吐くほどの頭痛がした高度に重い荷物を担いで上がるのは怖いが、いつまでもベースキャンプでゆっくりはしていられないし、天気も待ってはくれない。

高度順応と天候のタイミングがぴったりと合ってサミットが達成できる。
そのために今しなければいけないことは、アタックできる状態に少しでも近づくことだ。



■ DAY 7 見に来たものは 

[Plaza de Mulas(4300m) ~ Canada(5050m)] 2016/01/18

8:00ガタガタと震えながら起床。この上なく寒い。太陽よりも前に起き上がるのは久しぶりだ。
体を温めるためにお湯を沸かし紅茶をいれた。朝食はラーメン。
これでだいぶ体が温まった。山ではいつも朝食の大切さを思い知らされる。

出発前に出すものを出したいと思いトイレに駆け込むも、少ししか出ない。
明らかにインとアウトのバランスがおかしい。ここ数日食した物達はどこへ消えたのだろうか。
かといって腹が張るわけでもなく、体が重くなるわけでもない。
ならばいいじゃないかと思いそうだが、これが何かをきっかけに暴発した時が怖いのだ。それがアタック中なら尚更である。

とはいえ出ない物は仕方がない。

パックングに取り掛かる。
ベースキャンプを後にするにあたり、ハイキャンプでの献立表を作成し、必要最低限の食料のみを荷揚げすることにした。
ハイキャンプには必要のない物は、ダッフルバッグに入れて、INKAのテントに置かせてもらった。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

未だ良くなることのない膝の痛みがどうにかならないものかと、ドクター小屋に行き、ドクターに何かいいマッサージとかストレッチとか知らない?と聞いてみるも、「クリームは持ってないのか?バンデッジは?ここではストレッチもマッサージもしていないんだ。何もできることはない。」と突き返されてしまった。
横を通りかかったベロニカも、こればかりは何もできないわね、、といった表情で俺を見ていた。
ダメ元で言ったものの、やはり何もしてもらえないことに膝への不安はより一層深くなる。
"クリームは持っていないのか?"
クリームってなんだよクリームって…
クリーム?待てよ、、、?

急いでメンタームを取り出し、効能の表示を読んだ。

”筋肉リウマチ”
”神経痛”

わからない。わからないけれど、、、ぽい
better than nothingだ。とりあえず塗っておこう。

さてと、と背負ったバックパックに、準備できていた心が折れそうになった。
前日にシミュレーションでパッキングをした時よりはるかに重くなっている。
30kgを超えているのではないか。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
荷物を背負ってしまった。もうおろすことはできない。歩き出すしかないのだ。


テントの間を抜けて、上り坂がスタートする場所まですらも10分以上かかってしまった。
登り始めてからももちろんきつい。笑い出しそうになるくらいに重い。

途中、「Hi Kei」とベロニカに追い抜かされた。今日はオフなのだろうか。
なるほど確かに力強い足つきで何かに引っ張られるように上へ上へと登っている。

前を、俺と同じくらいの荷物を担ぎ、俺と同じくらいのペースで歩いている人がいる。
わかるよ。辛いよな。妙な親近感を勝手に抱きながら、その疲弊した、それでも信念を感じる後ろ姿を見つめながら登っていると、その人が振り返り手を振られたような気がした。
誰だ。。?


前にカナダに行った時に1時間弱で通過したポイントまで1時間でくることができた。荷物を背負っているにしてはかなりいいペースだ。
重さにも徐々に慣れ、キツイながらも自分のペースを守りながら黙々と歩いた。
歩いている時は、時に日本のことを、時に友達のこと、登頂した時のことを考えていた。

途中、さっき手を振られたような気がした人が岩陰で休憩しているのが見えた。
今回もこっちに何か話しかけたげに近づいてくる。



「Kei!!!」


「あっ!!チチョン!!!!」



BCまでの道のりを共にしたアルゼンチン人カップル、チチョンとスサナだった。
BCでは全く顔を合わせていなかったのでもう会うことはないのかなと思っていたのだが、彼らも同じタイミングでカナダに荷揚げしているところだった。
二人の今後の予定を聞くと、22日にアタックをするつもりらしい。俺が昨日作った予定表によると、俺のアタック日は25日。
できたら一緒に行きたかった。
この二人にはなぜかわからないが安心感を感じるんだ。この二人となら絶対に登頂できる気がする。
タイミングがうまく合うことを祈った。


休憩を終えて3人で出発。
ここからが長かった。
あの辺りがカナダキャンプだろうという場所まで行くと、まだその先に長い道が伸びている。
この坂がラストだろうと思った坂を登り終えた先に新たな坂が待ち構えている。
その繰り返し。

「よし、ラスト!」と何回気合を入れたか本当にわからない。

前にカナダに行った時の3時間で行けるかと思っていたのが、いや、3時間じゃ無理だ、3時間半かな…
3時間半じゃ無理。4時間かな。

どんどん体が動かなくなる。足が前に出ない。
5歩進んでは休む。その繰り返し。
全てが繰り返しで構成される道のり。
辛くて辛くて何度も心が折れそうになった。

下を向きながら、考えることは足を動かすことのみ。聞こえてくる音は、足が石を踏みつける音と、自分の呼吸音のみ。
感じることのほとんどは辛さだが、それでも山頂に立っている自分を想像するだけで今自分がこんなに辛い思いをして歩いている理由を再確認し、辛い道を登り続ける意味を強くつかむことができた。

出発から4時間ぴったりでなんとかカナダに到着した。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

カナダキャンプで下山中の登山家田中君に遭遇した。ちょうどサミットを終え、下っているところらしい。
彼のやりきった清々しい表情が羨ましくもあり、胸の中に気概を溢れさせた。

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
さて、ここカナダキャンプ以降はやらなければならないルーティーンが増える。
もっとも面倒で、もっとも大事なこと。
それが、飲料水の確保。
BCまではINKAのテントにある飲料用に処理された(?)水を汲ませてもらえていたが、ここから先はそうはいかない。
周りにある雪を集め、バーナーで溶かし、できるなら煮沸してペットボトルに蓄えなければいけない。
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テントを建ててから早速雪を集めるのだが、これが一苦労。
まず5050mのカナダキャンプにはあまり雪が残っていなく少し坂を上がった場所まで歩かないといけない。
そしてそこにあるわずかな雪渓から綺麗な部分をビニール袋にかき集める。
それをテントに持ち帰り、鍋に移してバーナーにかけるのだが、思っていた以上に雪というのは溶けないものだ。
これでは時間がかかりすぎるし、ガスがいくらあっても足りない。
早々に煮沸することを諦めて、液体になり次第ペットボトルに移していく。
飲めばじゃりじゃりと喉が刺激されるが、死ぬことはないだろう。
この一連の作業で、1日6リットルの飲料水を作り出さなければならない。
さらに言えば、飲料水だけではなく、料理に使う水も作る必要がある。

一体何時間この作業をしなければいけないのか。しかもこの時の俺は2リットルの空ペットボトル一つと、300ml程度のタンブラーしか持っていない。
つまり、水をストックすることができず、飲み続けながら溶かし続けなければならなかった。
喉も渇いていないのに、水分を体に蓄えるためだけに水を飲み続け、雪を火にかけ続ける。
ビニール袋に入った雪を少しでも溶かそうと温度の高いテントの前室にぶら下げてみるも、やはり雪は個体のままうんともすんとも言わない。

大変なのは、日が出ている間にこの作業を終えなければいけないということ。
日が沈むと気温が急激に下がり、溶けかけた雪が氷に姿を変えるからだ。

なかなか溶けない雪に、飲んでも飲んでもまだ飲まなければいけない水に、何度も嫌気がさして全て投げ出したくなる。
しかしどれだけ疲弊しても、生きるために必要なこの作業を止めるという選択は許されなかった。

何か心配事を一つクリアすれば、何か新しい心配事が姿を現し苦しめてくる。
山にいる間、懸念が消え去ったことは一瞬たりともない。

それでもその度に目に飛び込んでくる目の前に広がる世界の美しさに息を飲み、ここよりも上に広がるさらなる世界への誘惑に、折れかけていた心はその形を取り戻す。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
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まだ行ける。

俺が見に来た景色はこれじゃない。




少しテントの周りを歩いていると、チチョンの姿が見えた。そういえばカナダについてからまだゆっくりと話をしていなかった。
ハグをして、お互いカナダに無事につけたことを讃え合い、たわいもない話をした。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
「水を作るのが本当に大変!もうやんなっちゃうよ。」
「あっちに水汲み場があるんだけど、一緒に来るかい?」
「水汲み場?そんなのあるの?!行く!」

この辺に川なんてないはずだし、水汲み場ってなんだろう…
その正体がわからないままチチョンについてキャンプから離れた場所に向かった。
そこには既に数人の人がいて山からの恵みをボトルに集めている。
雪渓から溶け出した水が小さな水流となり、そこに細い管を地面に挿すことで水だけが管からちょろちょろと流れ出る仕掛けだ。
この管はチチョンが持ってきたもので、キャンプに到着するたびにこのような水流を見つけ出し水を採取しているのだそうだ。

「この管はとても重要なアイテムなんだ」

話を聞いていると、なんとチチョン、過去にアコンカグア7回挑戦、5回登頂している大ベテランであった。
なるほど。彼に感じていた安心感は彼の豊富な経験に裏付けられていたのだ。

管から流れる細い水がボトルにたまるのを待っている間、チチョンととなりにいたフアンというアルゼンチン人ガイドと話をした。
彼らはお互いに顔見知りなようだ。そりゃあ7回も来ているなら友達にくらいなるだろう。
フアンはなぜか日本語のフレーズをいくつか知っていて、過去に日本語のクラスを受講したことがあるそうだ。
こうやって山に友達が増えていく感覚がどうしようもなく嬉しかった。アコンカグアの中に自分という存在の居場所が出来ていくような感覚に、アコンカグアに来て本当に良かったと心から思えた。

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

チチョンは言った。

「この山はとても恐ろしい。とても危険だ。だからこそ美しいし、アコンカグアに対してリスペクトの念を持っているよ。」

彼に感じた安心感は山の経験だけでなく、彼の人間的な深みによって形作られているのだと思った。



「ケイ、アコンカグアが終わったらどこに行くんだ?」
「うーん、まだ決めてないけど、多分チリのサンティアゴかな。」
「パタゴニアには来ないのか?もしパタゴニアに来るなら連絡してくれ。うちに泊まるといい。」
「…うん。連絡するよ。」

オレンジの光がどこか寂寥感を含んだ空気を照らす中、満タンになったペットボトルを持ってキャンプへ戻った。

見たこともないような綺麗な夕日が1日の終わりを告げる。

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜



まだ行ける。

俺が見に来た景色はこれじゃない。



■ DAY 8 迷い 

[Canada(5050m) ~ Nido de Condores(C2 5560m) ~ Canada(5050m)] 2016/01/19

昨日はヒートテック、Tシャツ、ウルトラライトダウン、フリースを着込んで耐−40℃の寝袋で寝はずだ。
それなのに、朝方寒さで目が覚めた。頭から丸ごと寝袋をかぶっても体の震えは止まらなかった。
まずは鍋に溜めておいた水を沸かし、紅茶入れる。
甘くて温かい紅茶が、体の血管を伝って身体中に熱とエネルギーを届けてくれるようだった。
紅茶と砂糖は持ってきて本当に良かったと思うアイテムの一つだ。これが無かったら俺は1日を始められてい無かっただろう。

余ったお湯でマッシュポテトを作った。
粉をふりかけるだけでマッシュポテトになるというこのアイテムもかなり役に立ったものである。
味も悪くない。マヨネーズを持っていたらどんなに最高の食事になっていただろうかという妄想に垂涎を我慢しながらダラダラとパッキングを始めた。

パッキングをしているとテントの外から「Kei!」と呼ぶ声がした。
チチョンの彼女、スサナだった。

「私たちは今日ニドに上がっちゃうから、これ、カフェラテの粉なんだけど良かったら使って!」

とインスタントのカフェラテ粉を持ってきてくれた。
わざわざ俺のことを気にかけてくれていることが本当に嬉しいし、二人に対する安心感や信頼感がさらに募っていく。
「スサナ、ありがとう。またニドで会おうね!」


今日は初めてC2のNido de Condores、通称ニドに行く日だった。
高度順応のためのハイクと思っていたのだが、体の調子も悪くなく、ニドまで荷物を揚げる予定の明日の負担を減らすために、テントや寝袋以外の荷物、つまり明日以降分の食料やカメラ、衣類などを今日のうちに荷揚げしてしまおうと考えた。
チチョンたちは今日ニドに上がってしまう。カナダには戻ってこない。
俺は今日ニドに上がってしまったら確実に高度障害が出ると判断し、半分だけ荷揚げしてカナダに戻ってくる行程を取ることにした。

外でストレッチをしていると、韓国人にGood morningと挨拶された。

Good Morning^^

昨日からその存在には気づいていた韓国人カップルの一人だ。
彼らもまた今日はニドに行った後にカナダに戻ってくる行程だそうだ。
とても柔らかい感じの良い青年とその彼女で、今夜カナダキャンプに彼らもいるというだけで少し安心感があった。


昨日のうちに作っておいた今日分の飲料水を持ち、帰ってきてからすぐに作れるようにと雪を集めてから出発した。
腹の中に消えた食物は未だにその行方をくらましたまま出てこようとしない。


出発してすぐにフアンに「オハヨウゴザイマス」と挨拶された。
彼は二人組の欧米人をガイドしているようだ。

自分のペースを心がけて歩く。
ここまでくると、この勾配の道はどのペースで歩けば一番効率が良いか、一番体力の消耗が少ないかがわかってくる。
一番疲れない歩幅、トレッキングポールの付き方、重心を移動するタイミング、全てが洗練されて無駄がなくなっていくのがわかる。
かなりの急勾配の道ではあるけれど、歩き方さえ間違えなければ息を切らすこともなくなってきた。
しばらく歩くと、先に出たはずのフアンたちに追いついた。

「you're so fast!」

俺はそんなに速く歩いているつもりはない。良いペースということだろうか。
三日前に死にそうになりながら歩いていた道を、今は呼吸を乱さずに登ることができている。
確実に高度順応ができている手応えを感じた。

休憩を何度か挟みながらニドまでは3時間で到着。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
地図上では標高5560m。ヒマラヤのゴーキョを超えて、人生で最も高い場所に立ったことになる。
酸素濃度は低地に比べ50%程度だ。少しフラつくが、それでも頭痛まではいっていない。

ニドでヒロさんに会った。彼はもう全ての荷物をニドに揚げ終わっていた。
半分荷揚げする人は、よく岩陰などに隠して目印をつけておき、後から回収するやり方をする人が多いが、この時の俺はカメラなどの貴重品も持ってきていたのでさすがにその方法に気が引け、俺が持ってきた半分の荷物は彼のテントに預かってもらうことにした。

ヒロさんにコーヒーをご馳走してもらったが、雪がカナダよりも溶かしづらそうだった。周りの雪渓が、雪というよりも氷に近くなっている。
環境がどんどんと過酷になっていくのを感じた。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

しばらくゆっくりしてから、カナダに降りる前にニドのレンジャー小屋に今後の天気を聞きにい行った。
レンジャーによると、明後日、つまり21日まではギリギリ天気が持ちそうだが、そこから先しばらくはBCに降りた方がいいレベルで天気が荒れるらしい。
雪も降るし、突風が吹き荒れるようだ。
アコンカグアは風の山。人の命を奪うくらいの強風でアタックなどできるはずがない。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

この月は、1週間くらい悪天候が続いた時もあったようで、このチャンスを逃したら、俺が予定していた25日アタックはおろか、山にいれる期間中のアタックすらできないかもしれない。
下山の日数も考えると、最遅でも25日か26日にはアタックしないといけない。
もしかしたら天候に阻まれ、挑戦権すら与えられないかもしれない。
しかし二日後にアタックというのは、早すぎる。まだ体が出来上がっていない。
それに、本来C3のコレラキャンプ(約6000m)からアタックするのが通常の行程だが、二日後アタックとなるとC2のニドからアタックすることになる。
立ち止まっているだけで息をするのもやっとのこの場所から、山頂はさらに1400m以上も高度を上げないといけないのだ。
肉体的にも精神的にもアタックの辛さに耐えられるほど準備ができていない。
正直、二日後にアタックする自信はこの時の俺になかった。
それでも、まだ予報が出ていない24日以降の天気がどうなるかはわからない。それなら一度21日にアタックに挑戦するべきなのだろうか。



わからない。


せっかくここまでトラブルはありつつも良いコンディションで上がってこれたのに。
二日後のアタック。それってリアルに危なくないか?死ぬことないか?
この時の俺の気持ちは、挑戦してやろう半分、出直したい半分だった。
いずれにせよ、明日ニドに残りの荷物を荷揚げすることに変わりはない。明日ニドに来て、もう一度天気を聞いてから考えよう。天気予報がずれることを祈るしかない。

ああ、色々と考えていたら本当に頭が痛くなってきた。
早いところカナダに戻ろう。


帰り道の下坂、不思議なくらいに膝が痛まない。
膝の可動域がここ数日間で一番大きくなっている。
まさか……メンターム?
今まで壊れたロボットのように歩いていたのが、この時は小走りで下ることができた。途中歩いていた韓国カップルも追い抜かして軽い足取りでカナダまで駆けた。
下り道で誰かを追い抜かしたことなんて今までにあっただろうか。

カナダキャンプにほど近い雪渓を渡ろうとした時、何よりも輝きを放つあるものが目に飛び込んできた。
雪の間を、太陽熱に溶かされた水がサーっと流れている。

しめた!!

急いでバックパックを雪の上に投げ下ろし、ペットボトルに残っていた水を喉に流し込んでから水を汲み始めた。
2リットルの水を雪から作ろうとすると軽く1時間は超える。それが流水を見つけることができれば、ものの5分でペットボトルを満タンにできるのだ。しかもガスの消費もゼロ。
途中、韓国カップルも下りてきて、流水を見るや否や「nice!」と声を上げ、ボトルに水を汲んでいた。
そこから何人もの人がこの水場で足を止めることになった。

俺がもし、ペットボトルを複数個持っていればここで全てを満タンにしてテントにストックすることができる。
それができない俺は一度テントに戻り、体の中に無理やり流し込んでからもう一度水場に戻らなければいけなかった。

水場に、見るからにポーターもしくはガイドの青年がいた。
「like Sherpa(シェルパ族的な)」と自称する現地ポーターまたは現地ガイドたちは、装備や服装が使い古されている人が多い。
ボロボロのシャツや、ボロボロのシューズ、壊れかけたトレッキングポール、しかも一本のみ。
そんな装備でも、彼らは誰よりも速く、誰よりも多くの荷物を、確かな足取りで運び届け、登山客を山頂へ導く誇り高き山の案内人だ。
彼は大量のナルゲンボトルに水を汲んでいた。きっと彼のお客さんのためだろう。
ガイドは自らの客のためにご飯も作るし水も作る。身の回りの世話をしてくれる給仕係でもあるのだ。

彼の話によると、やはりアタックにペットボトル一本では不十分だそうで、ニドのレンジャーにからのボトルをもらうか、ゴミで転がっているものを拾った方がいいとのことだった。
大量に抱えているナルゲンボトルを羨望の眼差しで凝視するも、自分自身でボトルを調達するというタスクが変わることはなかった。


いろいろなことを考えて、今日は体よりも頭に疲労が蓄積されたような気がする。


確実にそこに存在する頭痛に背を背けながら、不安な眠りに落ちた。



■ DAY 9 ラストチャンス 

[Canada(5050m) ~ Nido de Condores(5560m)] 2016/01/20

今日はニドに全ての荷物を揚げる日だ。
揚げたところで一旦下りなければいけなくなるかもしれない。
それでもアタックできる可能性がある限り、それが無駄になるとしても最大限の準備をしないという選択肢はなかった。

昨日半分荷揚げしたおかげで今日持っていくものはテントと寝袋、細々としたものくらいで気持ち的に楽だ。

出発直前、行方をくらましていた腹の中の食物たちがついに動き出す。
5日ぶりくらいの便通だ。
爽やかな朝、岩陰に隠れて冷たい風に尻を冷やしながらいざ出してみると、カフェラテのような液体が出てきた。
完全に消化機能が弱っている。
高度障害としての消化器系の不良もあるだろうが、それに加え1日に飲む6リットルの冷たい水が腹の負担にならないわけがない。
あまりスッキリとした開放感が得られないまま、まとめた荷物を背負った。※ハイキャンプのうんこは持ち帰りましょう

もう何度も歩いたトレイル。どこをどのペースでどのように歩いたらいいかはもうわかっているはずだ。
だけど今日は昨日よりも息がだいぶ上がっているような気がするし、ペースも遅い気がする。
腹の不調に加え、昨日から続く頭痛が足を重くしているのか。

だがペースなど気にしない。早く上に着いたところで何になる。最優先しなければいけないことは高山病にならないこと。あるいは、今の症状を悪化させないこと。
そう自分に言い聞かせながら歩いた。

途中、休憩場所としている岩場で急に声をかけられた。

「にほんじんですか?」

少し訛りのあるその日本語に一応聞き返す。

「あ、はい。日本人の方ですか?」

「いえ、かんこくじんです」

話しかけてきたのは、日本語が堪能な韓国人グループのリーダーのおじさんだった。

「ええ、ひとりで登っているのですか?すごいネ!にほんじんはひとりで登る人が多いネー、この前もマッキンリーでひとりで登っている人をみたよ」
「え?!マッキンリーに一人?!」

北米最高峰のマッキンリーに単独で挑戦するなんてプロの登山家か何かだろうか。

彼らは今夜ニドに泊まり、明日C3のコレラキャンプ、明後日アタックの予定らしい。

「また会いましょうネ!」

そう言って彼らは先に出発した。

チチョンを含めいろいろな人の話を聞く限り、アタックを明後日の22日に合わせている人が多い。
天気は明後日から崩れるんじゃないのか。もしかして天気予報が変わったのだろうか。

途中彼らを追い越すとき、おじさんは「ガンバッテー!」と言いながら、俺のバックパックにぶら下がった鍋をカンカンと鳴らした。


この日は前日までと比べて一段と冷え込んでいた。
風も強く、前から吹き付ける風が容赦なく体温を奪っていく。
汗は冷え、冷えた体に呼応すように頭が脈打っていた。
ニドに着く頃には雪もちらついていた。

雪が降る中テントを建てた。指がちぎれるかと思うくらいに寒い。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
建て終わる頃には疲労困憊し、頭痛も酷さを増していた。
それでもやらなければいけないことはたくさんある。

レンジャー小屋に行き、空のボトルをもらえないかと英語で頼んだ。


通じない。


「ボトル。ボトー(発音良く)。ボトール?ボテーヤ?これ、これよ!(持っていたボトルを指差す)」
「ああそれか。いくつ欲しいんだ?一個?二個?」

そんなものいくらでもあげるよと言わんばかりに二本の2リットルボトルを貰った。
本当に助かる。これで効率的に水が作れるようになった。
早速水を作るための雪を集めていたら、「Kei!」と声がした。チチョンだ。

ああ、会えた。

「ここの雪は汚いよ。おしっこをここでする人もいるからね。あっちにいい雪があるからあっちから集めなさい」

彼はいつでも俺のことを気にかけてくれて、いつでも俺を助けてくれる。
彼は今夜ここに泊まり、明日C3のコレラに上がり、明後日アッタクするそうだ。
さっきの韓国人グループと同じ行程だ。

ニドにいた他の人にも話を聞いてみると、ほとんどの人がその行程でサミットを狙うようだった。
どうやら明後日22日が天気がギリギリ持つラストの日らしい。
この日を逃したら、その後三日間は強風が吹き荒れ、雪が降る。その間BCに下りなければならないとすると、もうアタックのチャンスはない。



明後日が本当のラストチャンスだ。



今この瞬間も頭痛に苦しんでいるくらいに、正直体はまだ出来上がっていない。
だがもう迷っている余地も、迷う理由もなかった。
俺もこのラストチャンスにかけることにした。

今できるあらゆる準備をし、アタックのためにどんな手段も厭わないと決めた。

BCで高山病になってから今までずっと避けてきていた薬の服用。
ダイアモクスは一緒に摂取する水分が不足するなど飲み方を間違えれば逆効果になる諸刃の剣。
ロキソニンは、感じるべき痛みをも麻痺させ、本当に危険な状態になった時に気付きにくい。

今の頭痛のまま二日後にアタックというのは無謀だっだ。

それならば痛みを薬でごまかして登るしかない。
薬で強制的に体に高度順応したふりをさせるしかない。
その後にどんな症状が出ようが構わない。吐こうが倒れようが構わない。
登頂できなかったら、山頂からの景色を見せてあげるって約束を果たせなかったら、きっと自分で自分を許すことができない。

田中君の言葉を思い出していた。今なら自信を持って自分の言葉として言える。
「どんなに頭が割れそうでも、ゲロを吐きながらでも登って見せる」

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

まず最優先で準備しなければいけないのは水だ。
ダイアモクスを飲む以上、6リットルの水は絶対に必要なものだった。
大量の雪を集めてきて、常にバーナーを稼働させ、作っては飲み、飲んでは作り続けた。
テントを建ててから日が沈むまで、他のことをする時間なんてなく、ただただ水を作り続けた。
少しずつボトルに溜まっていく水を、少しずつ頂上に近づく自分に重ね合わせる。
この苦労がサミットに繋がると信じて。


この場所は過酷だ。
それでもなぜ人はこの過酷な環境に足を運びたがるのだろうか。
オレンジ色に染まる空は何も語りかけてはくれない。それはただそこに存在しているだけだった。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜

西の空に沈む夕日に目を奪われていると、チチョンとスサナのカップルが俺をテントに招いてくれた。
おそらく夕飯を準備中のガスコンロ、散らばった生活用品、そこに仲良く座っている二人。なんだか家に来たような感覚が体をじんわりと温めた。
2日後にアタックすることをチチョンに伝えた。明日みんなコレラキャンプに上がるみたいだけど、俺はコンディションを最高値に持っていくために明日もう1日ニドに泊まって、ニドから直接アタックすると。
チチョンは目を丸めて本気か?という顔で俺を見た。もちろん不安がないわけがない。それでもやっと自分の意思でこの日にアタックをしようと思えたのだ。その決意がチチョンにも伝わったのだろう。
「そうかわかった。でも本当に辛い道のりになるぞ。とても大変だ。もしここからアタックするのなら深夜の1:00、遅くても2:00には出発するようにしなさい。気をつけるんだよ。」
「うん、わかったよ。ありがとう。絶対にサミットで会おう。」

南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
テント越しに沈んでいく夕日が柔らかい光になって僕達を包んでいた。
二人に最初に会ったのはコンフレンシアからムーラスまでの道中だったな。
追い越し追い越されを繰り返して、他の人に呼びかけた「お茶飲むか?」の声に俺が反応してしまい、その後二人から話しかけてくれた時のことを思い出していた。

二人に会えて本当に良かった。二人に会えただけで、アコンカグアに来た意味があったとさえ思えた。



■ DAY 10 エネルギー 

[休養日] 2016/01/21

昨日の深夜、悲劇は起きた。

テントで生活するようになってからは、ユーリンボトルを作っていた。
いわゆる、尿瓶だ。
水分の摂取量の多さから、日中は20回、夜中でも平均3回は尿意を催すが、特に深夜はその度に寝袋から出て、ライトを探し、靴を履いて、極寒の外に身を投げ出すという行為があまりにも身体的な負担になるので、テントの中で適当なペットボトルに蓄尿し、翌朝外に捨てるという作戦を取っていた。
おそらく全ての登山家が同じことをしていると思う。

俺は、BCの女医、ベロニカが湯たんぽ代わりにとくれたお湯が入ったペットボトルをそのまま尿瓶にしていた。
容量は400ml。一回の放尿で満タンになるくらいだったため、その都度手だけテントから突き出し尿を捨て、繰り返し使っていた。

しかし昨夜は様子が違った。

いつものように深夜に尿意を催し、寝袋から出て尿瓶を構えた。こぼさないように慎重に、狙いを定めて放尿する。
ヘッドライトでボトルを照らしてはいるのだが、ボトルに放たれた尿の姿までは確認できない。
前夜にダイアモクスを飲み、それに伴い水分もいつも以上に摂取した。
そのためだろうか。なかなか止まる気配がない。
しかしながらボトルの空き残量は見えない。それに加え、半分寝ぼけた状態である。

その時はやってきた。

生温かい液体がボトルから溢れ出し、手やスウェット、寝袋までを濡らした。
暗闇の中悲鳴にも似た嘆声をあげた。
が、2週間風呂に入らなくてもなんの不快感も感じない自分にとって、「たかが尿」という考えにたどり着くのに時間はかからず、手でパッパと叩いてから再び眠りに落ちた。
過酷な環境は人を強く逞しく(図太く)する。


昨夜はウルトラライトダウン、フリース、ダウンジャケット、タイツ、靴下を身につけ、耐−40℃の寝袋で心地よく寝ることができた。
作った水は寝袋の中で一緒に寝る。そうしなければ朝には凍ってしまい、せっかく溶かした苦労が台無しになってしまう。

そろそろ太陽が顔を出す頃だろうか、という時にテントの外からチチョンが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「Kei!」
「ハーイ、、、」
寝ぼけ眼でテントを開けると、「give me water!!」と言われた。

今日コレラに上がると言っていたし、朝早くだから水が作れなかったのだろうか。
それにしてもチチョンが何かを求めてくるのは珍しい。

「ちょっと待ってね、水ね、はい!」とペットボトルを渡した。
するとチチョン、彼のナルゲンボトルから俺のペットボトルに水を移していた。
彼は水が欲しくてボトルを貸せと言ったのではなく、俺に水を分けたかったのだ。

それだけではない。

「this is very strong foodだ。お湯であっためるだけで食べれるんだぞ。」

と、ずっしりとした超高カロリーエナジー食も手渡してくれた。


もう言葉もない。本当にお世話になりっぱなしだ…本当にありがとう。

「サミットで会おう。」

そう言い二人は発った。



朝飯にラーメン。残ったスープに粉末ポテトを入れて、味付きマッシュポテト。ダイアモクスも一緒に飲み込む。
南米に売っているMaruchanはなかなかの優等生である。
調理が簡単である上にそれなりに旨く、何よりこの小さなパックにそれなりのカロリーが含まれている。

山において、食事の基準はどれだけ腹が減っているかではなく、どんなものが食べたいかでもない。
どれだけのカロリーが含まれているか、だ。
アタックに持っていく行動食も、含有カロリーを見て選抜する。


今日は1日休養日。とはいえ、明日のアタックは深夜1:00出発。ほとんど今日の深夜だ。
ゆっくり休みたいところではあるが、アタックに向けて準備しなければいけない。

朝からただひたすらに水を作った。
ご飯を作りながら水を作り、ご飯を食べながら水を作った。
水作りの男。水男。

水を飲む基準は、どれだけ喉が渇いているかではない。
今日はあと何リットル飲まなければいけないか、だ。


薬を飲むタイミング、それに合わせて水を作り終えなきゃいけないタイミング、深夜に出発してシャリバテ(腹が減ってバテること)しない程度、それでも睡眠時間が確保出来るくらいの晩飯のタイミング、いろいろなことを計算しながらことを進めた。

午後のほとんどの時間を水作りに費やす。そうして、薬のために飲まなければいけない大量の水、料理に使う水、アタックに持っていく水を作り終えることができた。

アタックには必要最低限の行動食と水、アイゼン、本来ならばそれくらいでいいはずだが、俺の場合はここにカメラとGoProが加わる。余分なものなのかもしれないが、山頂からの景色を記録するために必要不可欠なものだ。
山頂からの景色を見せたい。この時の俺を最も突き動かしていたモチベーションかもしれない。絶対に撮って戻ってくるからね。


日が沈み、チチョンたちからもらったエナジー食を食べた。
南米最高峰アコンカグア登山の記録 〜登山編2〜
豆、チーズ、チョリソーなど、エネルギーになりそうなものがたっぷりと入ったその一口一口を噛みしめるたびに、身体中に力がみなぎって、絶対にサミットにたどり着けるような気がした。
そのエネルギーはチチョンとスサナの優しさでもあった。


頂上なんて絶対に無理だと思っていた末に掴んだ今日、アタックのチャンスに恵まれた。
絶えることのない不安に頭を抱えた日々。高山病で体が動かず、登山を続行する恐怖に潰されそうになった時。ハイキャンプにすら行けるのだろうかと自分を信じることができなかった時。
苦しんで、苦しんで乗り越えた辛い日々の積み重ねが今日を作った。
ここに来るまでに出会ったたくさんの人たちのおかげで今日がある。

精一杯、悔いのないアタックにしよう。



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