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西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。

2015-12-12 01:19:06 ガーナ : アクラ

ボンジュール


この記事を書いているのはコンゴ共和国、ウェッソ。
カメルーンの首都、ヤウンデを出発してから奥地へ奥地へ足を進め、ようやく故郷にたどり着いたのが出発から三日後のこと。
そして四日後の今日、国境を越え、コンゴ共和国に入国。

ちなみに二日前に迎えた28歳の誕生日は、雨降るバス停で野宿し、ミニバスに詰め込まれ、ヒッチハイクをしながら国境を目指している最中だった。
おそらく人生で一番辛い誕生日だったと思う。



さて、今回はガーナの首都アクラで過ごした贅沢な日々について書きたいと思う。











ふかふかで広いシートではあるものの、効きすぎた冷房に震えながら夜を明かした末に到着したアクラは早朝5時。
冷房を調整できなくても時間には正確なバス会社のようだ。

外はまだ暗い。
場所に関わらず、それが日本であっても、バスや新幹線など、自席が決まっている乗り物に乗っている時というのは少しでも長く乗っていたくなる。
降りてからの、「歩く」という最も基本的な行動が億劫になるのだ。
夜行バスの場合はその傾向が顕著である。

寝ぼけ眼で降りた先で「タクシー?!」「ミスター、where are you goin?」と、しつこい客引きに絡まれては、これからしなければいけないすべてのことが面倒臭くなってしまう。

湿気を多く含んだ空気が、アクラの第一印象をさらに不快にさせるが、バスターミナルで印象が良い場所なんてどこにもないことに気がついた。


とりあえずは明るくなるまでバスを降りた場所で座って待つことにした。

明らかに移動するそぶりを見せない俺に対してしつこくタクシー?と聞いてくる彼らのハートの強さだけは認めたい。



なかなか昇らない太陽を待ちながら、オフラインの地図で現在地を割り出そうと、周りにある目印になりそうな建物を探し、コンパスで方角を確認してはみるものの、周りの目標物がどれもパッとしないもので結局地図上で現在地がわからないまま周りは明るくなった。
早いところwifiを見つけなければいけないのに。
というのも、アクラではとある日本人の方の家にお邪魔させてもらうことになっていた。
藤田さんという、商社で働きガーナに赴任中の日本人で、会社がJICAと繋がりがある会社らしく、ミキティが「アクラに行くなら」と紹介してくれた方だ。
ワにいる段階でミキティが連絡を取ってくれ、アクラに来たら泊まって良いよと言ってくれた彼のお言葉に甘えることになった。

アクラに着いたら連絡します!と言ったは良いものの、wifiがなければ連絡ができない。
とは言っても周りは見渡す限り工業地帯のような様子で、インターネットができそうな場所なんて見当たらない。

オーケー。まずすべきことは
インターネットができる場所に行くこと。
メールを送ること。
返信を待ち、指示を仰ぐこと。
だ。


現在地がわからないことには自分でどこかに動くのは不可能に近いので、タクシーを捕まえることにした。
バスターミナルにいるタクシーなんてふっかけてくるやつらばかりだから、バスターミナルの外で流しのタクシーを捕まえることに。

音楽の流れていないイヤホンを装着し、ここぞとばかりに声をかけてくる客引きを無視しながら敷地の外にでる。
砂埃舞う未舗装の悪路だ。
大都会とはいえ、中心以外はまだこんなものなのだろうか。

なんだか雲行きがあやしくなってきた。
どす黒い雲がどんどんと大きくなっていく。
それにこの湿った空気。これは急がないといかん。


ミキティから聞いていた情報によると、アクラには大きなショッピングモールや、多くの店で賑わう繁華街があるらしい。
繁華街に行けばwifiが使えるカフェやらがあるだろうし、ショッピングモールにはフリーwifiが飛んでそうだ。

タクシーを捕まえ、オスという繁華街とアクラモールという名のショッピングモールへの値段を聞くと、20セディ(600円)。いくら値切っても15(450円)までしか落とせない。それ以上落とそうとすると去ってしまう。
概してアクラのタクシーは高い。
数台と値段交渉をしている間に雨が降り始めてしまったので、仕方なく乗車。
オスと告げたけど、とりあえずインターネットがやりたいからどこか知ってたらそこで良いと言った。
ドライバーは初っ端からオスに行くことをやめたようで、片っ端からインターネットカフェをあたっていた。
が、不運にもこの日は日曜日。時間は朝の8:00前。
ことごとくネットカフェは閉まっていて、5件目くらいのネットカフェが開いていたのだがwifiがないとのこと。
LINEで連絡を取りたかった俺にとってwifiがないのは問題で、ドライバーにやっぱオスまで行ってくれと言うと、

「俺はもう何件もネットカフェを回って長い距離を走ったんだ!ここからは別料金だ!」

あん?と思いかけたが、まあ正直こいつの言う通りだ。最初におとなしくオスに行けと指示しなかった自分が悪い。
仕方なくここのネットカフェで妥協することに。

ミキティのfacebookのページから藤田さんを見つけ出し、日本語が打てないキーボードで「accra ni tsukimashita」と送信する。
返事か来るまで身動きが取れないので、しばらくネットカフェにいるしかない。


しばらくネットをしていると、藤田さんから返信が。
どうやら家がアクラモールのすぐ近くのわかりやすい外観の場所らしい。
14:00以降なら家にいるとのことだったので、ちょうどいい、それまで久しぶりの近代的な場所、ショッピングモールを楽しもう。

外にでると雨は止んでいた。
時間もたっぷりあることだし、現在地は未だに地図上ではわからないものの、聞き込みながら歩いてアクラモールを目指してみることにした。
多分5kmくらいの歩ける距離なのではないかと踏んだのだ。

朝の10:00ともなれば通りは多くの人で賑わい、大雨の早朝にはなかった活気で溢れている。
小腹も空いたなと思ってはいたものの、どうもピンとくるものがないまま足を進めた。
とはいえ、地図が意味をなさない今、頼れるのはコンパスのみであるのだけど、さすがに方角だけでアクラモールを探すのも無理はあるので、聞き込みは必須だ。

そんな時にどこからともなく「ニホンジン?」と声が聞こえた。


「シヌア(中国人)」と声をかけられることが日常のアフリカで、「日本人?」しかも日本語で「日本人?」と聞かれることなんてなかったので、この思わぬ事態に全力で振り向いた。
手招きしているガーナ人と思しき黒人の男。少なくとも日本人には見えない。
ちょうどアクラモールまでの行き方を聞かなければいけなかったしちょうどよかったと思い男に近寄って行った。
「どこから来たの?」「なにしてるの?」「名前は?」思った以上の流暢な日本語に驚きながらも、目の前のガーナ人と彼の口から発せられる上手な日本語のミスマッチ具合がなんとも奇妙で、普通の会話を楽しんでしまって本題に入るまで少し時間がかかってしまった。
どうやら奥さんが日本人らしく、日本(練馬)に10年以上住んでいたらしい。ところで日本に住んでいたことがある外国人の練馬率が高い気がするは気のせいだろうか。

そうそう、アクラモールまで行きたいんだけど、、と切り出すと、ああアクラモールは遠いからね、トロトロ(ローカルバス)を使わないとダメだ、と。
「オッケー、ちょっと待ってて。」
そう言うと彼は周りにいた人に話しかけはじめた。

「この男がアクラモールの方に行くからこの人についていくといい。じゃあこれからそっち方面のトロトロ捕まえてあげるからちょっと待っててね。」
そう言って道を通るトロトロに片っ端からどこどこ行き?と確認をしてくれ、アクラモール方面のトロトロが捕まるまでに時間はかからなかった。

「これに乗れば大丈夫だよ。あと、これ」
そういって渡されたのは5セディ札(150円ほど)。トロトロなんてせいぜい1セディ前後。ええ!?いいよいいよいいよ申し訳ない!!!と受け取りを拒んだものの、いいから受け取っておきなさいと握らされた。

「時間があったらうちにご飯でも食べに来て!」
そう言いながら教えてもらった電話番号に電話をすることはなかった。
だって俺、電話持っていないのだ。。。
でもあなたの温かい優しさはいつまでも忘れません。
この大都会、アクラで感じた初めての優しさは、この街を好きになるには充分な感動を与えてくれた。

さらに驚いたのはバスが終点に着いた時である。
運賃を払おうといくら?と聞くと、この人について行きなさいと言われた一緒に乗った男が「払っておいたよ」と。
いやいやいやいや5セディもらったしいいよ払うよ!といっても、いいからいいから、と。

なんなのアクラ。
なんなんだよこの優しさ。

本当にどうもありがとう!
トロトロ代を払ってくれた男にお礼を言い、俺は一人アクラモールへ向かった。
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気がつけば時間はすでに11:00を過ぎていた。
潰せばいい時間はたったの3時間、余裕だ。

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久しぶりの近代的なショッピングモールに気持ちは高まる。
が、大都会アクラのシティーボーイズあんどガールズが行き交う中、でかいバックパックを前後に背負った興奮気味のアジア人がその場に溶け込める筈もなく、俺に浴びせられるのは好奇の目と嘲笑の言葉だ。
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しかしそんなことは気にならない。こんな大きなショッピングモールはおそらくモロッコ以来だ。
しかも中には巨大なスーパー。ああ、、久しぶりの巨大スーパー。テンションが上がらないわけがない。
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スーパーの中身はあとからゆっくり吟味することにして、向かったのはフードコート。見たことはないファーストフードの店や中華料理屋が並んでいたのだが、値段がどれも高いので却下。(ちょっとしたハンバーガーが300円くらい。中華も最安が600円とか。)
一度スーパーに戻り、安い惣菜を入手。しかもこのスーパー、荷物を預ける場所があるため、そこにでかいバックパックを預け、惣菜だけを手にフードコートに戻り、店舗の目の前のテーブルに座り、店舗で買ったものではない惣菜を食べ始めた。



なんという図々しさだろうか。



案の定店からお姉さんが出てきて、何か頼んでよ、と。
まあそうですよね。
というわけで安いチキン(それでも300円くらいする)を注文した。ふー、これで心置きなくここで惣菜が食べれる。






…なんだかDQNになりかけていないか…?俺。




このモールにはありがたいことにフリーwifiも飛んでいたので、時間はあっという間に過ぎた。
頼んだ辛いチキンの骨までしゃぶり尽くし、お会計。
バックパックを取りに行くと、「へいゆー!長く預けすぎなんだよ!!」と軽く怒られるも、「オーケーオーケー(^^)」と笑いかけると、あっちも「(^ . -)」と。単純。笑


さて、アクラモールの道を挟んで向かいに立つのは、このアフリカらしからぬアートな建物。
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ここの指定された部屋番号に進む。
が、建物に入る前から警備員に何をしているんだと声をかけられ、建物に入ってからは受付の女に怪しいものと疑われ、受付の女が藤田さんに電話で来訪者の確認をとり初めて居住スペースに入ることができた。
確かに、アクラでトップレベルに高級マンションに入るであろうこのマンションに俺が似つかわしくないのは自分でよくわかっている。

部屋があるか今でエレベーターで上がると、部屋から藤田さんが出てきてくれた。
こうして無事、初対面を果たすことができた。

人様のお宅なので細かい描写は避けるけれど、まるで高級ホテルのような邸宅である。
部屋を丸々一部屋貸していただき、しかも専用のバスルーム。これはアクラでの滞在がラグジュアリーなものになるぞという予感で溢れかえった。
商社マンである藤田さんは以前アメリカにも赴任していたことがあるらしい。現在はガーナに来て数ヶ月(?)。世界を飛び回る、できるビジネスマンオーラがにじみ出ているが、彼の話す関西弁が柔らかい雰囲気を醸し出す。

西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。
この日はマンションの屋上にあるバーに連れて行ってもらった。
なんと屋上にはプールもあり、居住者は自由に使用できる。
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そして一望できるのはアクラの街並み。地面から見たコンクリートだらけの街とは違い、以外にも緑豊かな都会だ。
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ちなみにこのマンションはアクラで最も高い建物らしい。高いというのは物理的に?価格的に…?おそらくどっちもだと思っている。
アクラを見渡すことができるこの屋上で、美味しいご飯と美味しいお酒をご馳走になりながら旅の話や仕事の話をした。
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気を緩めると分からなくなる。
自分が今どこの国にいるのか。

ここは、アフリカ大陸ガーナだ。

けど、この街ではアフリカにいることを忘れてもいいかな。そう思った。
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西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。

翌日からは藤田さんは普通に仕事に出かけて行ったので、俺は一人アクラを観光。といっても見所はあまりないらしい。
前述の繁華街、オスと、野口英世の研究室くらい。
そう、ここガーナは野口英世が黄熱病を研究し、そして感染し亡くなった場所である。


まず向かったのは、家のすぐ近くにある、「SAKAMOTO」という日本料理(?)屋。
JICA事務所の近くに店を構えるSAKAMOTOは、JICA職員御用達の日本食商人の坂本さんによって経営されており、坂本さんは新鮮な日本食材などをJICAに仕入れたりしているらしい。
「やきそば」と堂々と看板を構える店先から見えるのは、積み上げられたIndomie(インドミ。インスタント麺のブランド)ではあるが、そこは気づかないふりをしておこう。
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坂本さんはいなかったものの、ガーナ人の女性が「やきそば」を作ってくれた。
ここもまた、「いくら?」と聞かれ、言った値段分の量を作ってくれるシステムだ。
8セディが普通の量っぽかったので、8セディ分注文(約240円)。
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野菜がたっぷり入っていて、まあまあ腹にたまる。とても美味しいインドミ、いや、やきそばだ。
ここはとてもお勧め。物価が高いアクラで安く美味しいイン…やきそばが食べれる店である。

腹を満たしてから向かったのは郵便局。
この度を始めて以来、各国から日本にポストカードを送ることを習慣にしている。
街に到着した時に郵便局の場所を調べることがタスクに上がってくるくらいには定着した習慣だ。
地図を見たら、せいぜい5kmくらいだったので、歩けそうだと思いSAKAMOTOから歩いてみることにした。

相変わらず強い日差しが照りつけるが、真上から差す太陽光を遮るものは何もなく、その熱を全身に浴びながらひたすら歩く。
そこに広がるのは、高級住宅街と思われる、綺麗に整えられた家々が並ぶ通りだ。
通りにはこんなおしゃれなカフェまで。
あれ、俺今どの国にいるんだっけ。
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しばらく歩いていたら突然雨が降ってきたので、目の前にあった銀行に雨宿りをしに駆け込んだ。
ドアの外で、落ちる雨粒をぼーっと眺めていた。

すると警備員のガーナ人男がおもむろに声をかけてくる。

男「ニーハオ」


はいきた。


俺「え?」

男「ニーハオ」



…暇だし、ちょっとつついてみるか。



俺「なんで俺のことを中国人だと思ったの?」
男「君が中国人に見えたからだよ。」
俺「中国人に見えたって言ったね?じゃああなたは中国人と、韓国人、日本人の違いがわかるんだね?」
男「いや、わからない。みんな同じだろ。」
俺「でもあなたは俺が”中国人”に見えた、と言ったよね?中国人も日本人も韓国人も同じと言ったのに、日本人でも韓国人でもなく中国人に見えたのはどうしてなのだろうか?」
男「」


俺「別にね、違いがわからないのはわかるよ。俺にとっては、マリ人もガーナ人も同じに見えるし。でも俺の国であなたを見た時に、”マリ人”とも”ガーナ人”とも声かけない。わからないから。つまり…」
男「なんだって?マリ人とガーナ人の違いがわからない?!本当か?!簡単だよ、見分け方はね…」
俺「いや、、、、、そこじゃない。。。。なんでもないです。あ、雨止んだ。それじゃあ。(スタスタ)」


たぶんこのテーマについて理解をしてくれるアフリカンに出会うことはないんだろうな。そう思いながら銀行を後にした。


大通りに出たところで、トロトロが走っているのが見えた。
歩くのも疲れてきていたところだし乗ることに。といってもどれに乗ればいいのかわからないから適当に乗った。
トロトロ(乗り合いバス)には、ほぼ必ず集金係の男が乗っている。トロトロは、この男が窓から身を乗り出し行き先を叫びながら道を走っていて、客は自分が乗りたいトロトロが来たら日本のタクシーのように手を上げて止めないといけない。
地名がわからない俺は適当に乗ったのだけど、集金係に◯◯郵便局に行きたいんだけど、と告げると、きちんと降りるべき場所で声をかけてくれ、次に乗るべきトロトロの指示もしてくれた。
アクラでは基本的に移動はトロトロだったのだけど、どのトロトロも親切に降りるべき場所で声をかけてくれるし、集金係だけではなく隣に座っている人も丁寧に目的地までの行き方を教えてくれたりする。
やはりここは旅行客に優しい街だ。


郵便局で用事を済ませ、惰性のまま足を向けたのはオス。アクラの繁華街だ。きっと東京で言う所の原宿みたいな場所だろう。
歩きながらタクシーを捕まえては値段交渉をするのだが、アクラでは「じゃあいいや乗らない」作戦が通じない。
このセリフを言うと、タクシーはサーっとどこかに去ってしまうのだ。お前なんか乗せなくてももっと高い金で乗ってくるやつはごまんといるのだとでも言っているかのように。
仕方なしに高い金を払ってオスへ。


なるほど、みんなが口を揃えて「オスは店がたくさんあるだけの通り」と言っていたが、その通りだ。
お土産屋と、屋台と、たまに欧米資本のファーストフード店が並ぶ通り。
特に面白みは、ない。
西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。

おそらく観光客が多いエリアなのだろう、金を搾り取ろうとしてくるガーナ人が群がってきてうっとおしい。
しかも手口がワンパターンで飽きる。

手口はこうだ。
1、ヘイマイフレンド!と声をかけてくる。
2、とてもいいものがあるんだと商品を見せてくる。
3、お前は友達だからこれをタダであげると手渡してくる。(ここで必ず俺に持たせてくる)
4、俺はフレンドシップの気持ちからこれをお前にあげた。お前のフレンドシップの気持ちを見せろ(金よこせ)
5、「いらねーよ」と商品を返そうとしても、受け取ろうとしない。


たまに4のところが、「俺は貧しい子供が通う学校で働いていて、学校の子供達に誠意を見せろ」になったりするが、基本的な流れは同じ。

こんなんで本当に俺が金を払うとでも思っているのだろうか。
もう少しまともな詐欺(?)を学んで欲しいものである。
商品をポイしてスタスタとその場を去る。次に同じ場所を通る時には、俺はすっかり悪者になっている。

西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。

通りを一往復しただけでオスは見切ったと確信したので、普段なら絶対入らないようなcafeに入りジェラートを食べてみた。
そう、アクラは贅沢する時間という位置付けなのだ。
西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。


雲行きが怪しくなってきたところで家に戻ることに。
この日の夜は、藤田さんが藤田さんの友人と食事をするので一緒にどうかと誘ってくれていた。

家に着く頃には辺りは真っ暗。19:00前でだ。ガーナに入ってから一気に日が短くなったのは気のせいではない。なぜブルキナから南下しているのに日が短くなるのか謎だ。

お抱え運転手が運転する車が家に迎えに来てくれた。
海外に赴任している人にはどうやらお抱え運転手がつくのが一般的らしい。
そういえばインドでお世話になった先輩にも運転手がいたな。
仕事帰りの藤田さんと、女性が一人、男性が一人乗っていた。みんな日本人だ。
顔も見えない暗がりの中で、あ、どうも初めましてと挨拶を交わす。

車が止まったのは中華料理屋。
しかも中に入ってみると通されたのは個室だ。お高いお店にちがいない。。。。ゴクリ
ここで初めてお互いに顔を見ながら挨拶をした。
JICA事務局で働く赤江さん(女性)と、ガーナの第二の街クマシでパン屋を経営している石本さん(男性)。
ビールで乾杯し、宴が始まった。
久しぶりの中華料理が嬉しくて嬉しくて、終始そわそわしてしまった。

西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。

これまでの旅のことについて色々聞いてもらったのでそれについて話したり、ガーナでパン屋?!とかそもそもJICAって…とか、それぞれが全く違ったことをしているからか、会話の幅が広がりとても面白い。
初対面の日本人と酒を飲み交わすことがしばらくなかったため、全く異なるバックグラウンドを持ち、異なることを仕事にしている人たちと話すことの楽しと心地よさに久々に酔いしれた。
海外赴任の商社マン、ガーナのパン屋経営者、JICA事務局員(パスポートは政府のパスポート)、バックパッカー。
俺が石本さんに、今後はずっとガーナでパン屋をやっていくんですか?と聞いたことから、「そうだよ、この先の展望みたいなのはどうなの?」と藤田さんがかぶせ、さらに「そんなこと言ってるあなたも日本に帰ったらどうするの!」と俺に飛び火し、「ていうかあなたもそろそろ任期終わるんでしょ?!どうするの?!」と赤江さんに移り、「ここに集まってるのはどうしようもない人たちだな!」という藤田さんの総括が忘れられない。笑
俺がこの人たちを心地よく感じたのは、全く違うフィールドながらも、どこか似た境遇や、不安、曲げられない信念を背負っているからなのかもしれない。

ガブガブと酒を飲み、ほろ酔いの中楽しい時間はあっという間に過ぎた。
まさかガーナでこんな素敵な出会いがあるとは思っていなかったが、これが旅なんだよな。
出会いがどんどん繋がっていく。

西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。

帰宅後、LINEで「どうしようもない人たち」というグループが作られていたことを誇らしく思う。


翌日は特段書くべきことは何もせず、前日と同じSAKAMOTOで1.5倍の量を注文し、再び郵便局に行ったくらいだ。



アクラでの時間がこんなに素晴らしいものになったのは、たくさんのおもてなしをしてくれた藤田さんをはじめ、彼を紹介してくれたミキティ、食事にお邪魔させてくれた石本さん、赤江さん、関わってくれた全ての人のおかげだ。
本当にどうもありがとうございました。

ガーナにはこれといった観光地はない。
にもかかわらず、ガーナをここまで楽しむことができたのは、旅とはやはり人との出会いなんだということ。
出会いを重ねるごとに、この事実が疑いようのないものになっていく。


アクラに到着してから四日目の朝、名残惜しさを引きずりながら家を出た。

向かうは隣国、トーゴ。

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トーゴ国境で入国拒否!ブードゥーマーケットが佇む西アフリカの楽園、ロメ

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COMMENT

yoshiko

Happy Birthday(≧∇≦)

たくさんの夢のように素晴らしい経験、たくさんの夢であってほしい辛い経験をしているんですね。

私には大谷さんのような翼がないので、まだまだワクワクドキドキのたくさんのリポートを楽しみにしてます‼︎

とはいえ、情勢が良くないので
くれぐれも気を付けて旅を続けてくださいね(^-^)

返信 REPLY

2015-12-13 20:43:58

KEI

返信が遅くなってしまいましたが、、yoshikoさん、コメントありがとうございます!ブログ読んでもらえて嬉しいです。

書くのが遅くて、今はもう南アフリカでアフリカ旅も終わりを迎えたんですけど、ブログはまだガーナでこれからまだまだ色々なハプニングが起こるので、暇な時にでもまた読んでくれたら嬉しいです^^

バースデイメッセージもありがとうございます!!

返信 REPLY

2015-12-26 19:00:39


Walewale

初めまして。
ネットニュースでワガドゥグの高級ホテルでテロ、死者20人とあり何故か検索でこのサイトに立ち止まり、ブルキナとガーナ編を読ませていただきました;文章がお上手ですね。

JOCVでガーナ国ワレワレ村(ボルガタンガからタマレ方面へ1時間程の村)で2年間活動していました伊藤と申します。驚かれるでしょうが、1989年12月派遣、もう26年前にも関わらず、アクラ以外の風景は全く変わっていません。コートジ、ブルキナへは当時27歳女子一人旅でしたが、楽しい思いでが満載です。

*本当はニジェール入国〜ニジェール川下り〜マリ入国の計画を立てていたのですが、アガデスでパリダカのドライバー射殺事件、マリでの暴動と立ち入り禁止国となり断念しました。足腰丈夫なうちに息子を連れて計画を遂行したいものです。

ゴロムゴロムで変わった髪型をしていたのはベラ族ではないでしょうか。”トゥワレグ族の下の民族だから、私の子どもを日本に連れて育てて欲しい。”と、若い母親に頼まれた記憶があります。(それがかなり曖昧な記憶です。すいません)

お体大切にご帰国下さい。
伊藤

返信 REPLY

2016-01-17 12:34:48

KEI

伊藤さん、初めまして。
遅くなってしまいましたが、コメントありがとうございます!
テロのニュースを調べていてこのブログにたどり着くとはなんとも面白い流れですね。笑

非常に興味深い経歴をお持ちですね!26年も前のガーナ、アフリカ、想像を膨らませてみることはあったものの、実際に当時のアフリカを知る方の話を聞いたことがなかったので、風景が全く変わっていないということに驚きを隠せません。と同時に、この先もあのままの姿で変わらないでほしいという期待も感じます。

ニジェールもマリも、現在は不安定な地域ですもんね、、安心して旅ができる時が早く来てほしいものですね。その素晴らしすぎるプランを是非とも息子さんと実行していただきたいです!

ゴロムゴロムにいた彼女たち、ベラ族っていうんですね。なんていう民族だろうと気になっていたので、名前を知ることができてありがたいです。東ほど、特徴のある民族が多くない西アフリカですが、たまに独自性を持った民族を見ると嬉しくなりますね。

更新頻度が高くないブログですが、これからも暇つぶしにでもこのサイトをみていただけたら嬉しいです。ありがとうございます。

返信 REPLY

2016-02-06 04:56:25


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