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遠く離れたアフリカの地で果たした再会

2015-12-12 00:28:48 ガーナ : ゴルゥ

ボンジュール

この記事を書いている現在地は、カメルーンの首都、ヤウンデ。
ただし、この記事がアップされるときにいるのがどこかはわからない。
この街には絶望的なほどにwifiが飛んでいない。
つまり、このラップトップからインターネットができない。ということはこのPCから記事をアップすることができない。
この記事をアップできるのはおそらくこの国を抜けてからだろう。


ちなみに言っておくが、ヤウンデはこの国の首都である。
首都でこの有様なのだから、他の町でwifiが飛んでいるかどうかなど容易に想像がつく。


西アフリカが快適だったと思えるほどに、ナイジェリア以降、精神的に疲弊してしまった。
これが本当のアフリカなのだろうか。
腐敗しきった人間からの仕打ちは、テロリストに対する警戒よりも神経をすり減らす。

このブログ、ナイジェリア以降の中央アフリカ編を楽しみにしていただきたい。
書ききれないほどたくさんの事件をお伝えできると思います。

本当は今すぐにでも忌々しい出来事の数々を書き殴りたいのだけど、性格上順を乱すのは好きではないので、きちんと前回の続きから書きたいと思う。



ではまだ平穏な日々を送っていた西アフリカへ時間を戻そう。



■さようならブルキナファソ。こんにちはガーナ。

ゴロムゴロムとバニ村から首都のワガドゥグへ戻ってきた。
この街はに感じるのはもはやホーム感であり、帰ってきたという安心感を覚える。
バニ村から17:00位に飛び乗ったバスは予想よりも早く21:00前にはワガドゥグの宿の近くのバス停に止まった。

目をつむってでも帰れそうなほど慣れた道を、この街に来て以来ずっと泊まり続けている宿に向かって歩く。
人通りの少ない道だけれど、この街の夜道に危険な香りは一切ない。


もはや「ただいま」と口走ってしまいそうになりながら宿にチェックインした。
本当に居心地のいい宿だ。7000CFAと少し高いが、かなりおすすめ。


ただ一つ、スタッフのババアを除いては。

ある日、先の分まで宿泊代を払おうとレセプションを尋ねたところ、いたのはチェックイン時のおじさんではなく、このババアだった。
実は前回泊まったときにもこのババアとは会話を交わしている。
しかしその時からこのババアの高圧的な態度に苛立ちを感じていた。
そのババアに「支払いをしたいのだけど」と告げると、面倒臭そうな顔をしながら無言で手を動かして何か合図をされた。
どうやら裏の扉から入ってこいと言っているらしい。
わざわざ裏の扉から中に入る意味があるのかは不明だが、仕方ない。

中に入ると、「支払いしたいんだって?」「いつから泊まってるの?」「何泊する予定なの?」と、窓口からでも質問できそうな質問を投げてきた。
なんとなくはわかるんだ。こいつは俺のことが嫌いだ。俺もこいつが嫌いだ。
俺「23日にチェックインした。27日に出て行く。」
ぶっきらぼうに答える。
バ「じゃあ5泊ね。」
俺「何言ってんの?4泊だろ」
バ「あなたこそ何を言ってるの?23(1)、24(2)、25(3)、26(4)、27(5)で5泊よ。」
俺「意味がわからない。なぜ23日をカウントしてるんだ。24日になって初めて一泊だろ。(図を書いて23~24で一泊、24~25で二泊…と伝える)」
バ「ノー!ここではそんな数え方はしないわ!」
俺「いやいやいやいや何回もここに泊まってるけどこんなカウントのされ方したことない!」
ここで近くにいた掃除のおばちゃんが、俺の書いた図を指差しながら、23~24で一泊、24~25で二泊…とババアに説明してくれた。といっても30秒前に俺が言ったことをそっくりそのまま繰り返しただけだが。

バ「そうよ、だから4泊って言ってるでしょ?!」








俺「は?






悪びれた様子もなく早く金を払えとキレているババアにさすがにムカつき、金を乱暴に渡すと、
「あなたのそういう態度嫌い!もう二度とこの宿に来るな!
と言い、目の前にいる俺にお釣りと領収書を渡さず、窓口(俺が最初にババアに話しかけた場所)に置いた。
「本当に失礼な人間だな。」
そう言い捨てて部屋を出た。
窓口から話しかけたら部屋に入れと言われから部屋に入り、あっちが泊数を間違えたから正そうとしたら俺の方が間違っていると怒り出し、最終的にあちらの間違いを認めることもなく、お釣りを俺に渡さずに窓口に置き、もう来るなと言われる。


セネガルのダカールの宿のババアといい、俺はアフリカの宿で働くババアと相性が悪いらしい。


気分が悪いまま部屋に戻りむしゃくしゃしていると、部屋をノックする音。
さっき俺の援護をしてくれた掃除のおばちゃんと、前回泊まったときに仲良くなった別の掃除のおばちゃんが立っていた。
手に持っていたのは、中国のお金、一角(0.1元)札。

「これって日本のお金?」「いくらくらいなの?」

そんなしょうもないことを聞きに来てくれた。
部屋に来る理由はなんでも良かったのだと思う。
きっとさっきの口論を聞き、様子を見にきてくれたのだろう。
どうもありがとう。おばちゃんたちと仲良くなれたのがせめてもの救いだ。




ワガドゥグでリラックスにリラックスを重ねた最後の3日間。
正直この街はそれほど好きではない。
道端から飛んでくる侮蔑を含んだ嘲笑と叫号にいちいち苛立っていたらきりがないことはわかりつつも、30分道を歩けば10回は「チンチャンチョン、ぎゃはは」と嘲笑ってくるような程度の低いヤツらが蔓延るこの街を好きになれるわけがない。


太陽がジリジリと照りつける埃っぽい道路で、砂にまみれながら罵声を浴びても、キンキンに冷えたビールで串焼きを流し込むと、しばし至福の時間に浸ることができる。
この街の至る所にある酒場は俺にとってのオアシスだった。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会遠く離れたアフリカの地で果たした再会

ほろ酔いになりながら、もうすぐ出国しなければならないブルキナファソの空気を体に刻み込む。
文句ばかり垂れていても、なんだかんだいい出会いと楽しい思い出がたくさん詰まった街だ。
時間が経った時、思い出の中でこの街のことを好きになれるだろうか。
そんなことを思いながらビールを流し込んだ。




翌朝、荷物をまとめて宿を後にした。
いざ外に出たのはいいものの、実はこの時点でガーナ方面のバスにどこから乗ればいいのかわかっていなかった。
というわけでまずは聞き込み調査。
「Gare Routiere」
「bus a Ghana」
タクシーの運転手にひたすらガーナ方面のバス乗り場はどこだと聞くと運良く一台信用できそうな運ちゃんが止まってくれた。しかも代金500CFA(100円)とまあまあ安い。
他にあてになる情報もなかったので、そのタクシーに乗り、運ちゃんの言うバス乗り場に向かう。

バス乗り場と思われる場所にタクシーが入った瞬間、窓をドンドン叩き、「どこに行く?!クマシ?!アクラ?!あ?!」と叫んでくる黒人の男達。
ただのバスの勧誘なのだけど、その様はまるでバイオハザードだ。
タクシーから降りようとする俺よりも先に後ろに積んでいたバックパックを運ぼうとする男に向かい、「俺の荷物に触るな!」と叫び、不特定多数に向け「ボルガタンガ」と伝えた。
そうすると、ふるいにかけたように別の目的地のバスの男達は引き下がり、「よしそれは俺のバスだ!」と俺の必要とする唯一の男が浮かび上がる。
こういう場所で行きたい場所に向かうバスを見つけるのは容易いことこの上ない。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

ちなみに俺が目指すガーナ最初の町、ボルガタンガは、ガーナ北部に位置する小さな町で、特に見所はないだろう。
きっとブルキナファソからガーナを目指す旅人は一気にクマシというガーナ第二の都市に向かうか、二日かけてガーナの首都アクラに直接向かうのが多数派だろうが、そんな中でわざわざ何もないボルガタンガを目指すのには理由がある。



男に連れらた先にあったのは20人乗りくらいのミニバス。
「本当にこれダイレクトにボルガタンガに行くの?」
「うぃ」
値段は7000CFAと安くはないものの、国境を越えてダイレクトで目的地に着くならまあ許せる金額だ。
俺はほぼこのバスに乗ることを決めてはいたが、まだ迷っているように見えたのか、男は捕まえかけの客を絶対に逃すまいと助手席のドアを開け、ここに座れと促してくる。
予期せず特等席にありつくことができた。しかも助手席に一人だけ。こんな贅沢は滅多にない。

ワガドゥグ→ボルガタンガ 7000CFA 空港南側にあるGare Routiereよりガーナ方面バスあり

11:00、バスが出発。
両側にポツポツと建物が姿を現わすだけの単調な道に面白みを感じることはないものの、新しい国につながる道を進むというのはそれだけで最高のアトラクションだ。

ちなみにアフリカでは、移動中に飲み物や食べ物を買う場合、バスを降りる必要がない。
給油やなにかの理由でバスがスピードを落とした瞬間、獲物を見つけたハイエナの如く物売り達がバスに群がる。
これももはやバイオハザードか。
うっかりお釣りの受け渡しに手間取ったりしてはいけない。
バスは容赦なく発車し、物売りはお釣りを渡すべく猛ダッシュでバスを追いかけることになるのだ。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

ブルキナファソの南に位置するガーナに続く道はワガドゥグから南にまっすぐ伸び、ポーという村を経由し国境に向かう。
ワガドゥグからポーまでは100km強。せいぜい2時間くらいで着くだろう。
と踏んでいたら、ポーに着いたのは15:00過ぎ。ワヒグヤや、ドリまでよりも短い距離に4時間もかかるとは。

本当はこの村ポーで下車し、一泊することも考えていた。というのもこの村の近くに、ティエベレという幾何学模様が家にペイントされた村があり、観光地になっている。
ティエベレに行こうかとも思ったのだが、よく考えたら、ただ絵が家の壁に書いてあるだけの村に1日時間を割く価値はあるのかと冷静に考えてしまった。
そして「ティエベレ」とGoogle先生に聞けば、あらゆる角度から収められた写真の数々を見ることができる。
この見尽くされた村に、今更俺が行く必要があるのか。


どこかに行くにあたっての大きなモチベーションの一つである「誰も知らない場所であること」が著しく欠如したこの場所に気持ちが戻ることなかった。


そのままガーナに行くことを決めた俺はポーで下車する必要はない。
しかしなぜだ。ドライバーに降りろと言われる。

「なんで?まだポーでしょ?これボルガタンガ行きでしょ?」
「ボルガタンガには行かない」



はい出ました。


しかし、驚いたことといえば、「あ、そう」としか思わなくなっていた自分である。

その場にいたタクシーに乗り換えるように促され、「俺はもうボルガタンガまでの金は全て払ってあるからな、1フランたりとも払わないぞ」とタクシードライバーに釘を刺し同意させた。
荷物をタクシーに移し、ジュースを買いに商店へ。車に戻る途中、他のタクシーから「ボルガタンガ行くのか?こっちだこっち!」と声がかかった。
明らかに、後から声をかけてきたBタクシーの方が人が多く乗っている。最初に乗ろうとしたAタクシーにはまだ俺しか乗っていない。
基本的に乗合タクシーは車が満員になるまで出発せず、運が悪いと何時間も待つはめになる。
話を聞くと、Bタクシーは俺が最後の一人で、俺が乗ると決めたらすぐに出発だそうだ。これはBタクシーに移らない理由はない。
すると横から、「NO!あのタクシーはボルガタンガには行かない!」と声を掛けてくるAタクシードライバー。
俺「いやいや、でも行くって言ってるし。(Bタクシーに向かって)ボルガタンガ行くんだよねー?!」
B「うぃーー」
俺「ほら」
A「No!wait!!
Aはせっかく捕まえた客を逃したくないんだろう。だがそんなこと知ったこっちゃない。特定のドライバーの売り上げに貢献するために自分の時間を犠牲にするほど俺は献身的ではない。

トランクを開けて荷物を降ろそうした。
その瞬間、トランクをすごい力で押さえつけるAドライバー。

俺「は、どけよ!じゃますんな!」
A「wait!」
俺「どのタクシーに乗ろうが俺の勝手だろ!」
A「wait!」
俺「なに、なんで?なにを待つの?なんで待たなきゃいけないの?」
A「wait!」

力ずくでトランクを開けて、閉められないように肩で押さえながら荷物を引っ張り出す。
すると今度は俺の荷物を掴んできた。しかもどんなに引っ張っても離さない。荷物を掴んでいる手を思い切り殴っているのに、その拳は開かない。

俺「てめえまじでふざけんなよ!俺の荷物に触るな!離せぼけ!
A「wait!」
A「wait!」
A「wait!」
A「wait!」

途中からBドライバーも駆けつけて、俺に「はやくあっちの車乗れ」と言ってくる。
いや乗りたいのは山々なんだけど、このわがままを言う幼稚園児のようなAドライバーが荷物を掴んで離さない。
掴んでいる手を本気で殴っているのに、まじで離さない。
はやく俺を自分のタクシーに乗せたいBドライバーも荷物を引っ張りだす始末。






俺「いいかげんにしろ!!!!!!!!!





周りにいた人が全員振り向くくらいの大声で叫び、Aドライバーにタックルして荷物を奪還した。
Bタクシーに乗ってもなお追いかけてきて外で何かを言っているAドライバー。
急激に体力を消耗した。
それでも、俺が最後の一人だというのは本当だったようで、俺が乗ってすぐにBタクシーは出発した。









メエエエエエエエエエエエ!!!








なに!!!!!!!!!!!
俺の真後ろで何か鳴いた!!!










メエエエエエエエエエエエ!!!








遠く離れたアフリカの地で果たした再会


ヤギ!!!!!!!
車の上に積まれているヤギは腐るほど目にしてきたけど、車内に積まれたヤギを見たのはこれが初めてだ。
油断してもたれかかると、頭に角が当たって痛い。

ちなみにセーファーフランからガーナセディへの両替はここポーで済ましておくのがいい。交渉次第で、正規レートとほぼ変わらないレートで両替可能。




程なくして、ブルキナファソとガーナの国境に到着。
車を下ろされ、まずはブルキナファソの出国を済ませる。
ブルキナファソ側は、外国人である俺を優先的に処理してくれ、何の問題もなく出国スタンプをゲット。
そのままガーナの入国をしに行こうとすると、同乗者のおばちゃんが、「あなた両替行くの?!行かないなら私両替して来たいからこの子頼むわ!」と赤ちゃんを俺に渡してスタスタと何処かへ消えてしまった。
ポカンとする日本人。と赤ちゃん。
見知らぬ外国人に自分の子供を預けるなんて、なんとも平和だ。
赤ちゃんを放っておくこともできないので、よしよしと慣れない手つきであやしながら母親の帰りを待った。








20分経過。






30分経過。








40分経過。







母親が一向に戻ってこない。
最初はご機嫌に笑顔を振りまいていた赤ちゃんも、徐々にぐずり始めた。
いや、子供を置き去りにしてガーナに行くわけにもいかないしな。でも俺もガーナの入国手続き済ませないといけないんだけど。
隣にいたこれまた同乗者の男に、

「母親、戻ってこないね。ちょっとガーナ側のイミグレにいるか見てくるから赤ちゃんよろしく」

といい、赤ちゃんを預け、ガーナのイミグレまで母親を探しに行く。


いない。


どこにもいない。


するとどこからともなく現れたドライバー?らしき男が、はやく入国手続き済ませろ!と急かしてくる。


「いや俺もはやく済ませたいんだけど母親が戻ってこないんだよ!!!!!怒」


「赤ちゃんは男に預けてあるんだろ?!じゃあお前は先に入国を済ませろ!」


同乗者の男には悪いが、赤ちゃんを押し付けたまま俺だけ先にガーナのイミグレに入った。
係りの男が机に足を乗せたまま、面倒臭そうにスタンプを押し、投げて返されたパスポートを受け取り、ガーナ側で待っていた車に戻ると、なぜか俺よりも先にそこにいる母親、そして赤ちゃん。
なにがどうなっているのか。


何はともあれ、無事ガーナに入国できた!
西アフリカの中で比較的ビザを取るのが困難とされているガーナ。ガーナビザの取得に断念した旅人の話はよく聞く。
そんな国に足を踏み入れる瞬間というのは、関門を確実に乗り越えながら旅路を進めていることを実感する瞬間でもある。

人工物である国境という線を一本跨いだだけで、100m後ろにあるブルキナファソとはまったく違う世界が広がっていた。
看板に踊る英単語。英語を話す人々。
そう、ガーナはその公用語を英語とする国。西アフリカの中で公用語がフランス語でないのはガーナとガンビアくらいではないか。
窓の外に見える英語表記の看板に、どことなく安心感を覚えた。



ボルガタンガに着いた時には日は暮れ、あたりは薄暗くなっていた。
到着したバスターミナルで、明日乗るべきバスを探す。
目指すはツムという町。

「ツムに行くバスはどこで乗れる?」

英語で聞けば、誰しもが英語で返してくれる。
今まで情報を聞き出すのに10かかっていた時間が、2くらいの時間で聞きだせるのだ。
意思の疎通ができるのが嬉しくて、「これラム肉?ビーフ?」なんて普段なら聞かないような事まで 露店の男に質問していた。

苦労する事なく見つけたツム行きのバス。発車は明朝6:00。チケットの売り出しは5:00だから5:00に来いとの事。

その一本しかないらしい。

5:00。。。。。。早い。。まあ、それしかないのなら仕方ない。移動で疲れたし、今日は早めに休もう。


ボルガタンガで泊まった宿は、
St. Joseph Hotel. シングル35セディ/泊(1100円くらい)
wifiなし、部屋内トイレシャワーあり(多分水のみ)、バスターミナルのすぐ近く
寝るだけなら十分な宿だ。

晩飯は路上で売っていたパスタ。
これが辛い辛い。
ガーナ料理は辛いと聞いていたけど、予想以上に辛かった。
こりゃあガーナ、ケツが思いやられるぞ。。。

ちなみにガーナ以南は、ストリートフードを頼む時に「いくら?」と逆に聞かれる。
こちらでいくら分食べたいかを決められるのだけど、いくらでどれくらい食べれるのか目安がないもんで、このシステムはあまり好きではない。


さて、明日はちゃんと目的地に着けるのだろうか。
俺が目指す最終目的地はツムのさらに先なのだけど。



■ガーナの僻地で果たした再会

翌朝、4:30起床。
真っ暗な中、門番に門を開けてもらい、バスターミナルを目指す。
ガーナのバス事情はよく知らないが、早朝発のバスが多くあるのだろうか。
5:00前にもかかわらず割と多くの人でターミナルは溢れている。
人に混じって闊歩していたのは野良豚。ガーナは今までの西アフリカ諸国とは少し質が違う国だ。

ツムまでのチケットを10セディで購入し、乗るべきバスの前で出発を待っていた。



男「出発は6:00だ!!まだ5:00過ぎなのになんでここにいるんだ!はやく散った散った!」


苛立った様子でバスの乗車開始を待つ乗客に叫ぶ男。
そうだ、5:00集合の言葉を真に受けた俺が悪い。


ゴミを漁る巨大な野良豚を観察しながら6:00を待った。
空が明るんできた頃、バスがようやく出発。

ブルキナファソやマリに比べ道が悪く、上下左右にグラングラン揺れる道ではあったものの、早朝起きだったのが功を奏したのか、その9割を寝て過ごし、11:00にツムに到着。


ボルガタンガ→ツム 10セディ 6:00発 11:00着





さて、と。
ここからどうしようか、ととりあえずツムの町を彷徨ってみる。
すると目の前に現れた、地名の書かれた看板。




遠く離れたアフリカの地で果たした再会
Gwollu(ゴルゥ)





ついにその名前を目視。
これが俺の最終目的地だ。
小さな町、ツムからさらに34km奥地へ進んだ場所にある村、ゴルゥ。
なぜこんな僻地にある何もない村に向かっているのかというと、日本で江ノ島のシェアハウスに住んでいた時のシェアメイト、通称ミキティがなんとこのタイミングでJICAの隊員としてガーナに派遣されているらしいのだ。
そのことを知ったのが俺がモロッコにいる時。西アフリカの縦断を目論んでいる時に彼女がガーナに派遣されることを知り、ガーナに寄ることを決めた。目的地なんてこんな単純な理由で決まる。しかし、会いに行く人がいるという理由は最も大事にしたい理由でもある。

よりによってこんな行きにくい僻地に、、と思いそうなところではあるが、それが僻地であれば僻地であるほど興奮するのは旅人の遺伝子によるものとしか思えない。


彼女曰く、ツムからバイクの荷台(?)に乗るタイプのタクシーか、乗合タクシーが出ているというのだけど、誰に聞いても首を傾げられる。
そんな中、道端で暇そうにしていた警官にゴルゥまでの行き方を聞くと、あそこにある店の前で待っていろ!と指示される。
廃材を組み立てて家具らしきものを作っているその店の店主と思しき男が、車が来るからここで待っていろ、のようなニュアンスの何かを伝えようとしてくれている。
彼は英語が話せなかった。そして周りにいる村人も英語が話せない人ばかりだ。
英語が公用語とはいえ、田舎部では民族語以外を喋ることができない人がほとんどのようだ。

英語が通じる国に来た喜びもつかの間、再び言語の壁にぶつかった。
まず、彼が言っている「車」というのが、①ゴルゥまで運行している公共交通機関なのか②ここを通る車はゴルウに向かっているものだから自分でヒッチハイクをしろということなのか③ここをそのうちタクシーが通るよということなのか、いろいろな可能性が考えられる。
が、そのどれなのか、英語が通じない彼に確認する術がない。
①を信じた時に、②だった時の時間的損失は大きい。
というわけで、リスクを最小限に抑えるために、②を実行しつつ、①or③だったらラッキーというスタンスでゴルゥを目指すことにした。

とはいえ、ただでさえ通りの少ない道で、たまに来る車に親指を突き立てても、ドライバーは一瞬俺に視線を送るものの1秒後にはまるで何も見えなかったかのように俺の横を通り過ぎ、砂埃だけを残していく。

ヒッチハイクをする時はなんとなく拾えそうか拾えなさそうかがわかるもの。
ここでは車は拾えないだろう。なんとなくそんな予感がした。
それでも、ゴルゥまでの交通手段が分からない以上何もせずに待つわけにもいかないので、見向きもしてくれない車に向かって指を立て続けた。

1時間くらいヒッチを続けていたところ、ちかくに座っていたおばちゃんが「ゴルゥ?」と聞いてきた。
イエスイエスと言うと、私たちもゴルゥに行くのよ、ここで車を待っているの的なことを言ってきた。
どうやら、①が正解だったみたいだ。

そこからはヒッチハイクをやめ、座りながら車を待った。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

しかし待てども待てども車は来ない。
さらに一時間ほど経った時に「あ、あれよ!」とおばちゃんが指差したミニバスのような車は、手を挙げる俺とおばちゃんたちを横目に通り過ぎてしまった。


え?無視された?


おばちゃんも何が起こったのかよく分かっていない様子。


その後もゴルゥに行く車はなかなか現れない。
しかし、他にもゴルウに行く仲間が周りにいるということが俺を安心させ、気を緩めてしまった。
待つこと以外にできることもなく、暇つぶしにやっていたキャンディークラッシュ。これが間違いだった。
なかなかクリアできない面に夢中になってしまい、周りの音が一切聞こえていなかったようだ。
気づくと、ゴルウに行くと言っていたおばちゃんの姿がない。さっきまでいた青年もゴルウに行くと言っていたのに彼の姿も消えた。





あーーーーーーーーーー、やってしまった。
ゲームに夢中になって、何かしらの交通手段を逃してしまったみたいだ。
もしツムからゴルゥに行く車が1日1本とかだと、今日中にゴルゥに行く術がなくなり、ツムに一泊しなければいけないことになる。
最悪の事態が頭をよぎり、軽く焦っている俺に店の男が、「ミスター、car is coming」と声をかけてきた。
この車、先ほどゴルゥ方面からやってきて、後でゴルゥに戻ると言っていたタクシーだ。
ご飯を食べに行くと何処かへ行ったきり戻ってこなかったからもう戻ってこないか、もしくはキャンディークラッシュに夢中になっている間におばちゃんを乗せてゴルゥに行ってしまったかと思っていた車が戻ってきた!
これでゴルゥに行ける。

値段は?と聞くと、25セディ(750円くらい)。


高い。高すぎる。だがしかし他に手段がない。価格競争のない独占市場で価格を交渉するのは難儀だ。

仕方なく乗車。

何もないツムからさらに奥地に向かう道は、ひたすら変わらない風景が続くながらも、俺にとっては、ビザ取得をはじめとした様々な苦労の末にたどり着こうとしている目的地へ伸びる特別な道だ。


ゴルゥでミキティと落ち合う手段は決まっていない。
村人から電話を借りて教えてもらった電話番号にかけるか、3箇所くらい教えてもらったミキティがいそうな場所を回るか。
とりあえずゴルゥについてから考えよう、と思っていたのだけど、ゴルゥに車が着くと車の前にその場所に似つかわしくない風貌の女子の姿が見えた。


ミキティだ。


あっちは俺に気づいていない。
バイクにまたがってその場を離れようとしている。


ちょちょちょ!待って!まってーーーーー!誰かあの日本人捕まえて!!!!!!!!


必死で叫び、村の子供が走ってミキティを追って捕まえ、俺の存在を知らせてくれた。
こうして無事、江ノ島以来の再会をここガーナの僻地、ゴルゥで果たしたのだった。



■世界の僻地での過ごし方

無事にミキティと再会できたところで、とりあえずはミキティのお宅にお邪魔し、荷物を置かせてもらうことに。
外見は、強制収容所のような雰囲気を醸し出すなかなかパンチの効いた建物にお住いのようだ。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

が、シャワー、洋式トイレ、キッチン、冷蔵庫など、生活に必要なものは全て揃っており、かなり快適な暮らしに見えた。

しばらくリビングで談笑。ミキティのガーナでの体験や、俺の旅について、江ノ島のシェアハウスのことについて。
この時、本当はまだ彼女は仕事中。ただ、どうもかなりゆるい職場のようで、自由に抜け出していいし、オフィスに行かず家で作業してもいいらしい。
まるで俺の前職みたいだ。
そんなゆるい職場で彼女が何をしているのかというと、ガーナのアッパーイースト州ゴルゥの母子健康環境の改善を目的としたプロジェクトに携わっているらしく、乳児健診、予防接種などのお手伝いをはじめとした保健全般のサポートをJICAの隊員として行っているらしい。
ただ、仕事に追われるようなことはなく、常に何かやることを探しているみたい。笑
この時も、仕事中にもかかわらず、しばらく家で話し込み、夕方になって「じゃあそろそろオフィス戻ろうかなっ」と仕事に戻っていった。

これがこの長閑な村に合ったワークスタイルなのかもしれない。

それに合わせ、俺も一旦家を出て、村をぶらぶらしてみることに。
と言っても、タクシーを下車したところから家まで歩いた分でこの村の8割は見終わっているだろうということは想像がついた。
それくらいの規模の村なのだけれど、それでもまだ「意外と大きい」という感想を抱かせる。
商店が並び、屋台で食べ物が売られ、薬局や学校まである。
水道も電気も通っていない村を思い出せば、快適この上ない村である。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

首都という肩書きを持つ以上、ある程度の「都会」と呼ぶべきであろうワガドゥグにしばらくいた俺にとって、田舎特有のゆったりとした空気と、素朴な村人たちがとても心地よい。
そこに住む人のゆるさといのが俺の田舎好きを助長しているのだけど。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

特に何をするでもない人たちが、道端に座り込み、談笑し、Good afternoonと声をかけてきてくれる。
この村に流れるゆったりとした空気を作り出している立役者だ。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

遠く離れたアフリカの地で果たした再会
ブラブラとあてもなく歩くことに10分で飽き、こんな小さな村にあるかどうかわからない、けれどあったらとても嬉しいなというものを探すことにした。



ビールだ。



片っ端から商店に入り、ビールが売っていないか聞き込みを続ける。
キリスト教圏であるガーナ、そこまで酒に対する戒律が厳しいわけではないだろうし、すぐに見つかるだろうと踏んでいたのだが、ビールある?という問いかけに対し、半笑いで「まさか」答えてくる様子を見ると、どうやらそこまで一般的というわけでもないようだ。
後で聞いた話、ブルキナファソとの国境間近のこの村はまだまだムスリムの割合が高く、村にはモスクもある。

聞き込みを続けることしばらく、どうやらこの村に酒場があるという情報を入手し、教えてもらった方向に歩いていく。




ほどなくして「STAR(ビール名)」の看板を掲げる建物を発見した。
こういう時の自分の嗅覚は本当に鋭いと感心する時がある。


民家の中庭のような場所に構えられた酒場で、早速一人、乾杯。

遠く離れたアフリカの地で果たした再会
くあああああぁぁぁぁ!冷えてるうううう!


10月末とはいえ、まだまだ日差しが強いガーナで、キンキンに冷えたビールを流し込む手は止まらない。
あっという間に大瓶一本を空け、二本目に突入した。

俺の顔を見た瞬間に泣き出してしまった少年は、俺が酒場にいる間中ずっとお母さんのお腹に隠れていた。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会
一人で酒を飲んでいると誰かと話したくなるもので、店のおじさんとの世間話を肴にしながら、無事にこの村にたどり着けた記念とばかりにどんどんビールを流し込む。
ほろ酔いの横揺れに体を任せながら空を見上げた。
日本の夏のような入道雲が青い空にプカプカと浮かんでいる。
もう10月も終りか。
今、俺。ガーナにいるのか。





唐突に自分が今いる状況に現実感がなくなっていく。




俺は、どこに向かっているのだろう。



















ビールを二本空けたところで、ミキティの仕事終りの時間になった。
お土産にビールを買い込み、酒場を後にした。


この日の夜は近くの食堂で、オクラを使ったガーナ料理、ブルキナでだべたサガボ(餅と豆腐の中間のような食感、トウモロコシから作られている)のような酸味の強いガーナ料理(名前忘れた)を家に持ち帰り、ビールを飲みながら夜遅くまで色々な話に花を咲かせた。
ただでさえ言葉が通じないフランス語圏に長くいた俺にとって、久しぶりに交わす日本人との会話は、かゆいところまで手が届くような感覚だった。いつまで話しても話し足りない。
夜に再びビールを買い出しに酒場に出かけ、この日は結構飲み、結構酔った。
心地よい酔いに呑まれた再会の夜。



■ゴルゥのマーケット。久しぶりの日本料理。

翌日、案の定の二日酔いにより、昼まで爆睡。
一人で行動しているときは、体は酒よりもコーラを欲する。
一時期は毎日1.5Lのコーラを欠かさず飲んでいたくらいだ。
コーラが嗜好品の中心的存在となった日々で、久しぶりの大量のビールに体がびっくりしたのだろう。

起きたらリビングに伝言メモ。
ミキティはきちんと朝起きて仕事に行ったみたいだ。
この何もない村で寝るのも早い彼女は、いつも4時とか5時に起きてしまうらしい。そしてそのまま二度寝することなく起きるらしい。老婆か。

昼に一旦戻ってくるみたいだったので、彼女の帰りを寝て待った。
この日は週に一度のマーケットデイ。村にマーケットが開かれ、食材や日用品など色々なものが売られる。
この時に一週間分の自炊する分の食料を調達するらしい。


いつものように仕事を抜け出したミキティと合流して、マーケットを目指した。

今日も日差しは容赦ない。
この太陽光線の攻撃を受けているのは人間だけではない。
彼らも日陰を探して、少しでも日光を避けようと必死だ。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会


かわいい。。。。。。。。




足を進めると、前日には何もなかった場所に人が集まっている。
遠く離れたアフリカの地で果たした再会
そして得体の知れないガーナ料理を道端で売っていた。
ガーナ料理を一つ一つミキティに解説してもらいながら、「うまくなさそうだ」という感想を飲み込み続けた。
後からここで売っていたガーナ料理(葉っぱを丸めて、口の中の水分を容赦なく奪うパッサパサのパン(?)と一緒に食べるガーナ料理)を食べさせてもらったんだけど、天才的にまずい。
そこらへんに生えている葉っぱを茹でてギュッと潰した感じ。

おかしい。モロッコからブルキナファソにかけて料理がまずい国は一つとしてなかったのに、ガーナの国境を越えた瞬間なぜこんなことになってしまったのだろう。
なにがあったというのだろうか。











あ!!!!!!!!!!!













イギリス領!!






他の西アフリカがフランス領だったのに対し、ガーナはイギリス領だ。
親玉が”あの”イギリスなら、料理のクオリティがこれなのも頷ける。
フランス様が親玉だった他の西アフリカ諸国に料理で敵うはずないのだ。

そんなガーナにも、西アフリカで突出して誇るべきと思ったものがある。



それが音楽である。


下品な低音を其処彼処で撒き散らす他の国に比べ、ガーナで流れている音楽のなんとセンスのいいことか。
レゲエのリズムを基本とした、ガーナ音楽なのかどうかはわからないけれど、旅情を高めてくれるようなゆるい音楽が、車の中で、店の前で、路上で流れている。


と、そんなガーナ料理であるが、決して全てまずいわけではない。
アフリカ原産のオクラを使ったスープ(セネガル料理のスープカンジェに似ている)は絶品だし、TZというサガボから酸味をなくした餅と豆腐の中間料理もうまい。
けれど、せっかく家にキッチンがあるということで、この日の夜は旅飯を作らせてもらうことにした。


メニューはもちろん、、、、、得意のサーディーン丼である!!
キッチン付きの宿がない西アフリカ諸国でしばらく食べることができていなかったサーディーン丼。
これにプラス野菜スープでも作れば完璧だろう。

メニューも決まったところで食材を調達。

遠く離れたアフリカの地で果たした再会
遠く離れたアフリカの地で果たした再会

思ったよりも大きなマーケットだ。
まあ売っているものはどこのマーケットも変わらないのだけど。

遠く離れたアフリカの地で果たした再会遠く離れたアフリカの地で果たした再会
ミキティはいろんな村人に「ミキ!」と声をかけられていた。顔が広いみたいだ。
こんな小さな村でアジア人が働いていたら目立つのも無理はない。
が、こんなにもいろんな人に慕われているのはただ目立っているというだけではなく、彼女の人柄によるものだろう。


このマーケットで、西アフリカお気に入りの飲料、ビサップ(ビサップというのはフランス語名らしい。ガーナでは英語名で呼ばれていたけど忘れた。)ジュースを購入し、飲んでみたのだけど、ジュースですら辛い。ペペ(唐辛子)がはいっているみたいだ。さすが、パスタを甘くしてしまうイギリスの領だっただけはある。


買出しの後、少しばかりオフィスを見学させてもらった。
働いている人が全員来たら入りきらないという、一定量の自宅作業を前提としたオフィスで、結局最後まで具体的な仕事を見ることは叶わなかった。
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この日も早々と仕事を切り上げたミキティ(言い方にトゲありw)が、ブルキナファソの国境に連れて行ってくれるというのでついていくことに。
ゴルゥってそんなにガーナの端っこにあったのか。

「絶対迷うと思うけどそれでもいいならついてきて」という言葉通り盛大に迷った僕らは、最終的に地元民のおじさん(ガーナ人かブルキナファソ人かは不明)に道を教えてもらいながら、ガーナとブルキナの国境にたどり着くことができた。
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この石がガーナとブルキナを隔てる印である。
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こんなものが観光地になってしまうくらいのゴルゥの観光資源の乏しさはわかってもらえるだろう。
ちなみにイミグレも何もない場所であるため、おそらく国境付近に住む人は自由に行き来している様子だった。
まあ国境とは言っても、何回もここに書いているけれど、西洋諸国の都合によって人工的に引かれた線に民族的な分断の意味はなく、ブルキナ側に住む人もガーナ側に住む人も同一の民族なのだろう。それは政府も黙認しているところだと思う。おそらくアフリカ各地で、同一民族間の越境は黙認されているのだと思う。未確認だけど。

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地面にポツンと置かれたただの石と記念撮影をして帰路につく。
帰りに道に発見したこの謎の虫の正体を知っている人がいたら教えてください。
モロッコのトドラで発見した蜘蛛とゴキブリのハイブリッド虫なみに気持ちが悪い。。
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帰宅して早速調理開始。
今日はご馳走だ。
久しぶりのサーディーン丼に腕がなる。

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ミキティは貴重な日本食材である高野豆腐を出してくれ、サーディーン丼は大成功。玉ねぎとトマトとオクラとナマズ(?)をぶっこんで煮込んだ野菜スープも優しい味に仕上がり、豪華な食卓になった。



この日もよく食べ、よく飲み、よく話、とても楽しい夜が更けた。
が、ここら辺で俺の腹が悲鳴をあげる。
ブルキナの最後の方から様子がおかしかった腹が、ガーナ料理の辛さにやられてか、いきなりビールをガブガブ飲みすぎたか、原因は不明だが、1時間おきにトイレに立てこもる事案が発生することになる。





というわけで次の日はおとなしく過ごすことに。


この日の夜はミキティの同僚のガーナ人が来訪。手製のガーナ料理を持ってきてくれたのだが、これが狂気に満ちた辛さで、一口かじっただけで唇が痛み、しびれ、500mlの水を一気飲みした。
辛さは別として、ガーナ人のこういう優しさというか、気がきくところ好きだ。
この前日には、俺がオクラスープ(セネガルでいうスープカンジェ)が大好物だということを、ミキティが同僚に話したところ、その同僚が作ってくれて、しかもわざわざ夜にバイクで届けてくれたのだ。
田舎部ならではの横のつながりの強さなのか、ガーナ特有のものなのかはわからないが、いずれにしても、彼らの優しさが「ようこそガーナへ」と言ってくれているような気がして小さな幸福感に包まれた。

次の日には、州都のワという町に行くことになっていたのだけど、本当はトロトロという乗り合いバスを使わなければいけないところを、ミキティが同僚にお願いして車に乗っけてもらえることになった。


翌朝、結局3泊もさせてもらった家を出発し、まずは村の病院に。ここで車を出してくれる同僚と合流。ちなみにゴルゥにビジネスをしに来ているミキティのことを気に入っているウクライナ人がマラリアにかかってしまい、そのあれこれをするために同僚のドライバーも病院にいたというわけだ。
この病院で見たこのポスターを見てから、アフリカの川に足をつけるのが躊躇われるようになってしまった。そんなこと不可能なのだけど。。

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ギニアワーム

爪の間から体内に寄生し、体内で成長して成虫になると皮膚を食い破って外に出てくるらしい。
そして、かなりの激痛らしい。

さすがアフリカ。第三世界に生息する生物はSFさながらのインパクトを持ち合わせている。

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ウクライナ人を彼の家(ゲストハウス)に送り届けてやっとワに向けて出発。
かなりの悪路を、かなり荒い運転で飛ばし、ビヨンビヨン跳ねながら進んだ。
タダで乗せてもらっている身なので文句は一言も言えない。


昼過ぎに着いたワで、ワに配属されているミキティのJICA友達の女の子、マサコさんと合流し、夕方発のアクラ行きのバスまでの時間を過ごした。
時間つぶしにワのマーケットに行ったのだけど、規模は大きいものの売っているものはやはりどこも一緒だ。が、どこの国でもマーケットというのは活気に満ちていて歩いているだけで楽しいものである。
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ワから首都アクラまでは、夜行バス(O.A. Transport)を利用。

ワ(Wa) - アクラ(Accra) 80セディプラス荷物代5セディ(値段は交渉次第) 17:00〜翌5:00


この夜行バス、3列シートでふかふかなのでかなり快適に夜を明かすことができる。値段が2400円とはるが、おすすめ。
食べ物といい、交通といい、ガーナはやはり他の西アフリカ諸国とは異質だ。


わざわざバスターミナルまで見送りに来てくれた二人に感謝。
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特にミキティは4日間本当にお世話になった。まだ後2年、俺の旅に残されたであろう時間よりも長い時間をガーナのあの村で働きながら過ごすことは楽なことではないだろうが、ガーナ赴任を終えた後の彼女からどんな話を聞けるかが今から楽しみだ。
ありがとうミキティ!
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一人バスに乗り込み、今にも雨が降り出しそうな黒い空を眺めた。
友人と再会するというガーナに来た最大の目的を果たした俺は、首都のアクラに行って何をすればいいのだろう。
12時間後に到着するアクラに想いを馳せるよりも、今は再会できた友人との時間を噛み締め、別れの寂しさに浸ることにしよう。

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西アフリカの大都会、贅沢な時間を過ごしたガーナの首都アクラでの出会い。

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