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砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

2015-11-08 10:57:58 ブルキナファソ : ゴロムゴロム・バニ

ボンジュール


ここにきてペースが急激にアップしたTrippinなKはブログを書く時間が全く取れていませんでした。
リアルタイムでは現在トーゴの首都ロメ。
いいことも悪いことも、いろいろなことが起きる毎日に少し疲弊はしているものの、ここで疲れたなんて言っていたらアフリカのゴール、南アフリカまでたどり着くことができない。
既にその片鱗を見せはじめた腐った警察事情がこれから東、南に向かうにつれさらに腐敗していくことを考え始めると強制的にその思考を停止させる、言わば防衛本能が働き始めたみたいだ。
考え始めたらきりがない。
不安要素は尽きることはない。沸騰している湯の泡がブクブクと沸き上がってくるように、次から次へと心配なことは出てくるが、想像もしないトラブルにどこかワクワクする気持ちを持っている自分が気持ち悪くなる。
旅は無事に完遂させよう。



さて、今回は二つ国を戻って、ブルキナファソの田舎村を訪れた話。



■Gorom Gorom(ゴロムゴロム)のカラフルなマーケット

バリーとファタオに別れを告げて戻って来たワガドゥグ。
慣れたもので、他に目をくれることもなく一直線に前に止まっていた宿を目指した。
ワヒグヤを離れ、また一人に戻ってしまった寂しさに浸りながら、宿に一泊だけして次の日には足早に再びワガドゥグを後にした。

目指すのはゴロムゴロムというマリとニジェールの国境近くにある村。
この村では週に一度マーケットが開かれ、そこに集まる地元民(の女性)の民族衣装が色鮮やかで、それを見るためだけに行く価値がある村らしいのだ。

週一度というのがどの曜日なのか、確信が持てなかったのだけど、とあるツアー会社のホームページに「ゴロムゴロムの木曜市」という文言を発見したので、木曜日にヤマを張ることにした。
ワヒグヤからワガドゥグに戻ってくる日も、ゴロムゴロムに木曜を持ってくるように決めたのだ。

ゴロムゴロムに行くためには、最寄りの町であるDori(ドリ)に行く必要がある。
ワガドゥグからドリまでは、ワヒグヤまでと同様TSRが運行されている。

ワガドゥグ→ドリ 12:00発(実際は12:30発だった) 4000CAF 所要6時間以上

多すぎる検問を除いてはドリに行く道は、バスの良さもありこの上なく快適だった。

ドリに着いたのは7時を過ぎていたと思う。
ワヒグヤに3時間で着いた実績から、4時間くらいと見込んでいたのが大きく外れた。
太陽はすっかり沈み、あたりは真っ暗だ。
目星をつけていた宿に向かう。と言っても自分が今どこにいるのかが全くわからなかったので、あたりの町人に道を尋ねた。

俺「◯◯という宿を知ってますか?」
男「」
俺「すみません」
男「(遠くを指差される)」

その指された指が意味するのはホテルへの方向ではなく、あっちへ行けということは空気からわかる。

せめて「知らない」くらい言えよなとイラつきながら別の人に声をかけた。

男「ああ、そこね!うんちゃらかんちゃら(フランス語でよく分からない)」
俺「え?」
男「ウンタラカンタラ」
俺「えっっ????」
俺「あーもういい、ついてこいっ!」

路上できっと晩飯か、お茶をしていた男は席を立って俺の前を歩き始めた。
おっちゃん、ありがとうね。

「後はこの道をまっすぐ行ってあそこで左に曲がれば宿だぞ!」
「メルシー!メルシーブク!」

ペンライトで照らした道の傍らにはゴミが積もっていた。
この道を誰かが掃除する日は来るのだろうかなど考えても無駄なことを考えながら宿に到着。


Auberge Populaire de Dori  4500CAF/night


一部屋一部屋が離れになっている宿で、シャワー(一応)あり、wifiなし、電気あり、蚊帳あり。
そうですね、Auberge Populaire de Doriなんて立派な名前名乗っていますけど、改名したほうがいいんではないですかね?









Maison de GOKIBURI







とかどうですかね?

部屋に入った瞬間、早速大サイズ1匹発見。
シャワールームにもう一匹発見。
外出して帰ってきてから新たにもう一匹。
殺虫剤振り撒いたら、次の日ベッドの下に3匹死んでいて、シャワールームにも数匹新顔。

ここには2泊したのだけど、計10匹くらい遭遇した。そのどれもが大サイズ。厚みがあるやつ。
はあ。お願いだからバックパックの中には侵入しないでくれよな。。

部屋の中はモワッと蒸し暑い。
ワガドゥグよりも北に位置し、砂漠にほど近いこの町は気候もおそらくワガドゥグよりも砂漠よりで、日中の気温は40度近くまで上がっていただろう。
昼間に熱された小屋は夜になってもその熱を室内に放出し続ける。ファンがあるとはいえ、モワッとした空気が体に流れてきたところであまり気持ちよくはない。


そして厄介なのが、部屋にシャワールームはあるくせに、トイレが一回建物を出て離れたところに行かないといけないこと。
それが激しく面倒臭い。夜中にウンコがしたくなった日にはもう大変だ。
そして俺はこの宿で一皮むけてしまう。
大小問わず、部屋の中で用を足す術を身につけてしまったのだ。
※詳しい説明は省略


とまあ、寝るだけならば全く問題のない、しかし長居はあまりしたくないこの宿を拠点として、ゴロムゴロムに向かうことになる。
ドリに到着したのは水曜日の夜。計画は完璧だ。


翌朝、10時頃宿を出発した。
ゴロムゴロムまでは、宿から歩いて5分くらい、町の中心にある乗合タクシー・バス乗り場、Gare Routiere de Doriから乗り合いタクシーが出ている。
乗り場に行って、とりあえず「ゴロムゴロム、ゴロムゴロム…」と呟いていると自動的にどの車に乗ればいいかを教えてくれる。
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ドリ→ゴロムゴロム 2000CAF 所要2時間とちょっと

乗客の9割は強制的に荷台に積まれる。
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車内に入れる人は、どういう基準を満たした人なのだろうか。
荷台には折り重なるように大小異なる体がひしめきある。
ざっと数えても20人以上は積載されていた。

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表面に見えている人以外に、下のほうに埋もれている人間も多数いることを忘れないでほしい。


向かう地域が地域なだけに、検問もさぞかしたくさんあるんだろうと覚悟していた。
なぜなら向かう砂漠地帯は、時期によっては行ってはいけないと言われるくらい安全ではない場所で、マリやニジェールの砂漠地帯を拠点とするテロリストが蔓延っている不安定な場所だ。
今回は行くにあたって何も注意されなかったので多分今は大丈夫な時期なんだろうと判断した。

ドリを出て早速最初の検問。
パスポートを求めてくる軍人にパスポートを渡そうとしたら、ものすごい勢いで怒り出した。
「お前は馬鹿か?クレイジーか?」
そんなニュアンスの言葉を浴びせられているのは相手のジェスチャーと表情から読み取れる。
意味がわからなかった。なぜ出せと言われたパスポートを渡そうとしたらキレられるのか。別にうんこを渡そうとしたわけじゃない。パスポートだ。なぜ受け取ろうとしないのか。

意味がわからないまま一向にパスポートを受け取ろうとしない軍人に俺も苛立ち、一向に変わろうとしない状況を見かねたのか他の乗客たちが何かを俺に伝えようとしていた。

俺の右手を指差している。

「何?この腕輪がほしいってことなの?あげないけど。」
「ちがうちがう」

そう言って左手に持っていた俺のパスポートを取り上げて、右手に握らされた。
それをそのまま差し出せと言っているようだったので言われた通りにすると、やっとかよという顔で軍人がパスポートを受け取った。

どうやら、この地域、というかこの民族なのかどういうくくりなのかは知らないが、左手で物を渡すのがものすごく無礼な行為らしい。
左手が汚い物としてみなされているのだとか。インドみたいだ。
ただ、ブルキナでそんなことを聞いたのは初めてだし、今まで幾度となく左手で物の受けわたしはしてきたし、相手からも左手で渡されたこともある。
多分この地域特有の物なのだろう。

とはいえ、そんなこと知らない外国人に向かって説明することもなく、頭ごなしに怒りだけをぶつけるというのはなんとも程度の低い軍人だなと思った。

その後も感じの悪い軍人に車を下ろされて離れたところに連れて行かれる。
連れて行かれたところであっちが俺のパスポートを見ただけで、俺がその場に行った意味は一切ない。
アフリカンが旅行客に課す手間は、嫌がらせか、何も考えていないのか、ただの暇つぶしなのか、それとも頭が悪いだけなのか。
この軍人に限らず全ての労働者に当てはまるが、この不効率さと、仕事に対して自らの感情を優先する姿勢が変わらない限り、アフリカの第三世界としての位置付けは変わることがない。
まあ変わる日は来ないと思うけど。


無限にひっかかると思っていた検問は意外にもこの一つで、あとは砂が舞うオフロードを振り落とされないように車体にしがみつきながらひたすら飛ばすのであった。

車体の端に乗る場合は注意しよう。
道端に生えている、鋭いトゲが生えている木の枝が、気づくと目の前に迫っている。
その度に体をかがめて避けなければ、俺のように首に刺さり流血することになる。
油断すると落下してしまうほどの不整地に突き出す凶暴な植物。
この辛い道の向こうに広がる景色に期待せずにはいられない。




砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク
午後一時過ぎ、ゴロムゴロムと思われる村に到着した。
ドライバーに今日中にドリに戻ることを伝えると、帰りは15:00ここから出発だと言われた。
二時間、か。マーケットを見るだけなら十分な時間だろう。

炎天下と砂埃の中、二時間も車に揺られていた体は極限まで水分を失っていた。
とりあえずは小さな商店に入り、キンキンに冷えたコーラで体をクールダウンさせる。


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村の中心に広がるマーケットに足を踏み入れた瞬間に身体中に浴びせられる冷たい視線。
カメラを首からぶら下げた東洋人に歓迎の意を示す砂漠の民なんてこの場所にいるはずもない。

アフリカを旅していると、人間をカテゴライズする目安が、「国」ではなく「民族」になる。
アフリカの国境なんて西欧諸国が勝手に引いたものだ。
ここでもまた、彼らを「ブルキナファソ人」ではなく、「ゴロムゴロムに住む民族」として認識した。

65%がムスリムのブルキナファソ。
文化的にはおそらくワガドゥグよりもマリヤニジェールに近いと思われるゴロムゴロムの民族は、見たところ9割以上、下手したらほぼ全員がムスリムのように見受けられる。

イスラム圏で特に女性にはカメラが嫌われることは常であり、カメラを持ち歩いているだけで注意されることもしばしばだ。

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それならば、と、カメラを最大ズームにして、物の陰からパシャり。
自分がしていることに情けなさを感じつつも、目の前の民族衣装を記録したいという衝動は抑えることができない。

子供や大人の男は向こうから写真を撮ってくれと声をかけてくる。
これも他のイスラム圏と同じパターンだ。
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確かにこのマーケットを闊歩する女性たちの衣装は色鮮やかで目を引くものの、特別に「ゴロムゴロムのカラフルなマーケット」とフィーチャーするほどのものかとも思ってしまったのが正直なところだ。
他の場所、例えばマリのバマコで見たマーケットとさほどの違いがないように見えてしまう感は否めない。
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そして、やはりこの場所でも、金金金。写真撮るなら金をくれ。安達祐実ばりに金をくれとせがんでくる村人で溢れている。


この場所を嫌いになる前にマーケットの外に出た。
外の景色を見て、そうだここは砂漠の村だということを思い出す。
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顔に布を巻き砂埃と日光を遮断する男たちを見ていると、モーリタニアの貨物列車で砂漠を駆け抜けた思い出が頭をよぎる。
後にも先にも、あんなにも辛くて、あんなにも非現実的な夜はなかった。

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突き刺す日差しに耐え切れず、朝から何も食べていないので、休憩を兼ねて食堂に避難。
米にトマトソースをかけた料理を出されたが、その不味さに、この村で俺が食堂を出したら大繁盛するだろうなという妄想を抱きながら、半分近くを残し会計を済ませた。

再びマーケットの中に足を踏み入れるも、目新しいものは何もない。
強いて言えば、この村で初めて見る民族(見たことのない髪型をしていた)が大勢いたこと。
彼らがなんという民族なのか確認する術もなく、ただ横目に見過ごす。
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結構な広さのマーケットをくまなく歩いたが、売っているものは調味料やスパイス、野菜、仕入経路の不明な服やカバンや靴、アフリカで見てきたマーケットと変わるところはない。
せめて肉を焼くBBQ屋の隣に、ビールが飲める一角があればマーケットが10倍楽しくなるのにと惜しく思ってしまうが、この願望がゴロムゴロムで実現することはないだろう。

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一通り村を歩き回り見切りをつけた時には15:00前。
さらに新しいものが見れるとも思えず、帰路につくことにした。
来た時の車を探している時に通りかかったバスに、「ドリ」と叫んでみたら、乗れと合図が返ってきたので、来た時の車は無視し、車内の椅子に座れるこのバスで帰ることにした。

俺「いくら?」
男「3000CFA」
俺「3000?!あ、やっぱいいや」
男「いや!間違えた!!2000CFAだ!!」
俺「最初3000って言ったよね?」
男「勘違いしてたよ、ハハハハ」

あわよくば金を多く取ってやろうとするアフリカンの意地の汚さ、この不毛の地で生き抜く逞しさと受け取っておこう。


日が暮れる前にドリに着いた。
太陽は西に傾いても、依然として肌をジリジリと焼き続ける。
真っ先に向かった商店でコーラを買い、強い炭酸で喉を刺激した。悪魔的なうまさだ。


インターネットもなく、特にすべきことが見当たらないこの町で、maison de GOKIBURIにずっといる気にもなれず、ようやく太陽が沈んだ中を歩き回り時間を潰した。
アフリカにいると、娯楽のない場所で時間を潰すスキルが日に日に上達する疑いようのない事実。
この体に流れる時間が、アフリカンタイムに染まってきたということだろうか。

とても美味しい、トマトソースをかけた米という昼と同じメニューを食しながら、どうしてここまで味に差が出るのかを考えつつも、部屋に入った瞬間その熱気に思考が停止し、ベッドの下のゴキブリの数を数えてからベッドに横になる。
部屋の中が汚物臭いのが自分のせいだと気づくのに少し時間がかかったのは暑さのせいということにしておこう。



■7つの泥モスク。バニ村という桃源郷。

レセプションに人がいなかったので鍵だけ残し、maison de GOKIBURIを8:30にチェックアウトした。
ワガドゥグからTSRで到着したバス停に行き、ワガドゥグ行きのバスに乗り込む。

ドリからワガドゥグまでのバスは1日4本。
6:00
9:00
12:30
15:00

向かう先はワガドゥグではない。
バニ村だ。

バニ村はドリとワガドゥグを結ぶ道の途中にポツンとある小さな村で、村に建つ泥でできた7つのモスクで有名だ。
泥モスクといえば、自分の中で真っ先に想像するのが、マリのジェンネ旧市街にある泥モスク。
しかしジェンネは今回治安の理由で行くことを断念した。
ジェンネにしかないと思っていた泥モスクがブルキナファソにもあるのだ。しかもそれがワガドゥグに戻る道中にある。寄らない理由はない。

9:00定刻に出発したバスは、10:00頃バニに到着。値段は1000CFA

降り立った村に流れる空気は、ゴロムゴロムのそれとは全く違う。
多くの村人が歓迎ムードで迎えてくれる。
宿の場所を聞いた人は笑顔で場所を教えてくれるし、歩いていると子供達は「サバ〜(元気〜?)」って手を振ってきてくれる。
ムスリムのおっちゃんは、すれ違いざまに「フォフォ」と言ってくれる。
フォフォとはフラニ語で「ありがとう」「ようこそ」の意だということはバリーから教えてもらっていた。意味を知っていて良かった。この村で感じる喜びがその分大きくなった。

途中話しかけてきてくれた子供がどうやら俺が目指す宿の子のようで、宿まで案内してくれた。
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俺がこの村で泊まろうとした宿は、Auberge de Nomade 2500CFA/night

案内された小屋はベッドがあるだけの簡易なもの。寝るだけなら十分だろう。ただ蚊帳がないのが気になる。
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ドリの宿とは違い部屋の中はひんやりと涼しい。
だからなのか、大きなカエルが二匹、壁際で涼を取っていた。昼寝中かな?
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荷物を置き、外に出る。

宿の女性に、7つのモスクはどこか聞くと、後でこの子達に案内させるからついて行きなさい。メインのグランモスクに入るには2000CFA必要なのよ。と言われた。

2000CFA?!モスクに金かかるんかい?!

まあいいや、後で考えよう。とりあえず村を歩くから、モスクは後で行くねと言い残し、宿を出た。
ついて出てきた子供達に、腹が減ったから何か食べる場所ある?と聞くと宿の近くの食堂を教えてもらった。
店にいた女の子に何があるのかを聞くと、なんだかよくわからない料理名を連呼され、「?」な顔をしていたら、「じゃあクスクス作ってあげようか?トマトでソースを作ってそれをかけたやつ。ただ今から準備するから12:00に戻ってきて。」と。

トマトソースをかけたクスクスがうまくないわけないじゃないか。
この提案に大賛成し、それまで村を回って歩くことにした。

この村にも小学校があり、ちょうどお昼時の休憩時間だったのか子供達がわらわら外に出てきたところだった。
この村に似つかわしくないアジア人を見た瞬間に彼らの顔に浮かぶのは警戒心ではなく、好奇心の笑顔だ。

サバ〜〜〜〜と手を振ってくれる。

高学年であろう子供達は本当に元気いっぱいで、わらわらと俺の周りによってきて早く撮ってよと言わんばかりに思い思いにポーズを決める。
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はいはいわかったからもうちょっと後ろ下がって!フレームアウトしてるから!!と言っても前へ前へぐいぐい出てこようとし続ける自己主張の強さは子供らしいというか、アフリカンらしいというか。
カメラを向けると無表情になる子供が多い中で、実に表情豊かな人間らしい子供達だ。
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砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク
少し先に見える塔のように突き出ているのがグランモスクだろう。
まだクスクスまで1時間以上あることだし、あっちの方まで歩いてみよう。
目の前を通り過ぎる小学生にこの村ののどかさを感じながら泥でできた村に足を踏み入れた。

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村の作りは砂の国、モーリタニアを思い出させるようなまさに「砂漠の村」。そこに文明の面影はない。
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「サバ〜〜〜〜〜」
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振り返ると可愛い子供が手を振っている。
ああもう、本当に懐っこい子供達がいる村だよここは。全然目的地にたどり着かないじゃないか、と満面の笑みを浮かべながら思った。


10分くらい歩いてグランモスクに到着。
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遠くからその片鱗を見せていたグランモスクのオーラは、近くで見るとより一層威圧的だ。
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中に入るのも躊躇われるその雰囲気に圧倒され、その場をうろうろしていると、一人のムスリムのおじさんが中に入りなさいと招き入れてくれた。

他の人は本殿(?)を囲む外壁の外で履物を脱いでいたので、自分もそれに習いクロックスを脱ぎ、裸足で砂の上を歩き入り口に向かったのだけど、他のおじさんが「尖っているものが落ちていて危ないから履きなさい」とクロックスを持ってきてくれた。
お節介なほどのこの優しさ、イスラムだなあ。
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中は、他のモスク同様広い空間が広がっているのかと思いきや、柱が数多くあるだけの薄暗い洞窟といった感じ。
外観に釣り合わないインパクトのなさに感じた期待外れ感は否めない。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

いつの間にかたくさんの子供達が後ろをついてきていた。
特に頼んだ覚えはないが、「ミスター、こっちだ」と案内しているみたいだ。
案内に従ったつもりはないが、自分が進みたい方向がそちらだったので進んでみると、二階につながる秘密の通路のような細い階段が姿をあわらす。
もちろん登らない手はない。気分は遺跡を探検するインディージョーンズである。

砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク
二階部分は屋上になっていた。上から本殿を囲む外壁を見渡すことができる。
触れた際にボロボロと崩れてしまった塀を見て、こうして失われていく文化が、既にに失われてしまった文化がどのくらいあるのだろうかと、人間の作り出したものの儚さに思いをはせた。

そろそろクスクスの時間だ。戻らなければ。

「500CFA」

と”ガイド料”を請求してきた子供を受け流し、食堂に戻る。





「さば〜〜〜〜〜」
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「何してたの!もう出来てるわよ!」
少し怒った様子の女の子にごめんごめんと平謝りし、席に着いた。
トマトソースは思ったものとは違ったサラサラした澄んだスープで、他にも玉ねぎが入っていた。
トマト、玉ねぎ、おそらくチキンコンソメ、うまいに決まっている。
そうして一口目を口に運んだ瞬間に一つとても単純な疑問が浮かんだ。




「この材料を使ってどうしてこんなに”まずく”なるんだ…?」




驚くくらいまずい。
土を食べているみたいだ。
おそらく使っている水が悪いんだろう。クスクスが泥臭い。
かといって、わざわざ作ってくれた料理を残すことはできない。

セボン(美味しい)」と小声で言いながら、水で流し込んだ。



さて、時間はまだ正午過ぎ。
もうメインの見所は見てしまったが、時間もあることだし、7つあるらしいモスク全てを回ってみることにした。

村の中心から離れるように進んだ先にある丘の上に第一のモスク(最初に発見したから)がある。
炎天下の中、汗をぼたぼた垂らしながら坂を登った。


「サバ〜〜〜〜〜〜〜〜」
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

この子たちは、結局俺が丘の頂上に到着するまで後ろでサバ〜と叫んでいた。
頂上から、まだ手を振っている小さくなった子供達が見える。

こんな小さな丘に登っただけで一望できてしまうバニ村はやはり小さい。そしてその村の面積に占めるグランモスクの面積が思ったよりも大きい。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

さて、頂上について目の前にあったこのモスクが第一のモスク。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク


保存状態が思っていた以上に悪い。きっとグランモスク以外はこんな感じなのだろう。
正直朽ち果てたモスクに興味はなかったが、7つあるなら全て回ったというタイトルが欲しいのが旅人の性。
ドラゴンボールを一つだけ持っていたところで意味はないのだ。
モスクを全て回ったところで願いが叶うかどうかは知らない。


人気のない第一のモスクからいきなり子供が出てきて、うわっ!と声を上げてしまった。
モスクを出たらいきなり異人種がいたことにきっと子供たちも驚いただろう。

砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク
写真を撮って欲しそうだったので撮ってあげると、子供が丘の下の他の子供に何かを叫んでいる。
俺は第二のモスクに向けて歩いていたのだけど、写真を撮ってもらいたいがためにわざわざ丘の下から登ってきた子供達が後ろについてきていた。

しょうがないから撮ってあげる。
ポーズを指示したわけでもないのにノリノリな子供たち。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク
無限に写真写真写真!!とうるさいので、後でね!と嘘をつき先に進んだ。

第二のモスク。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク


300mくらい離れたところにある第三のモスク。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

第四と第五のモスクは遠目で十分だろうと手を抜いた。この時点で7つ全て回っていないのだけど。笑
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

第6のモスク、きっとグランモスクに次いで一番保存状態のいいモスク。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

そして丘を降りるとグランモスクの裏手に出る。
このモスクに比べたらどんなモスクだって劣って見えてしまうのは仕方がない。
それくらいにバニ村におけるこのモスクの存在感は大きいものだ。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

7モスクを回り終えてある考えが脳裏によぎった。










今日中にワガドゥグに帰れるんじゃないか…?








時間はまだ13:00。この村に泊まるとしてここから何をするか全く思い浮かばなかった。
目の前にある、「快適なワガドゥグに帰る」という選択肢が垂らす甘い蜜に心は奪われ、ほとんど気持ちは固まっていた。

ドリを出るバスは15:00がラスト。
ということはバニに16:00くらいに着く。それに乗って帰れる。
しかもそれまでまだ後3時間もある。

というわけで、残った時間を存分に満喫しようとまだ行っていないエリアに足を延ばすことにした。





「サバ〜〜〜〜〜」
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク





歩いていると、大人の男たちが建物からぞろぞろと出てきていた。お祈りが終わったのだろうか。
というかお祈りってグランモスクでするのではないのか。
泥ではない、コンクリートで出来たモスクがあるところを見ると、グランモスクが何に使われているかは不明である。
こんなに全員が全員ムスリムの村に来ると、なんだか懐かしい気持ちになる。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

適当に歩いていると、ごちゃごちゃとした人が沢山いる一角に入ってしまった。
どうやらマーケットみたいだ。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク
あれ、、、、このマーケット、ゴロムゴロムよりも色彩豊かなような気がする。
しかも写真を撮っていても誰も何も言わない。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク

マーケット自体もゴロムゴロムよりも楽しめるものだったし、もしかしてゴロムゴロムに行かなくても良かったんじゃないかとさえ思えてきてしまうが、行かなくて良かった場所なんて一つもない。
ゴロムゴロムでなければ感じることのできなかった感情があるはずだ。


このマーケットが毎日開かれているものなのかどうかはわからないが、俺が行ったのは金曜日だ。参考までに。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク







「サバ〜〜〜〜〜」
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク






バスの時間が読めなかったので、念のために早めに宿に荷物を取りに戻った。
宿の女性に、やっぱり今日は泊まらずにワガドゥグに帰る旨を伝えると、まあしょうがないねと納得してくれた。
「ちなみにグランモスクは行ったの?」と聞かれ、「行ったよ。」と。
「子供達についてった?」「ううん。」
「お金は払った?」「ううん。」
「グランモスクは入るのに2000CFAかかるのよ。お布施(?)として。私が払っておくから2000CFAちょうだい。」
「あー、うーん、でも中に入ってないや。外から見ただけだよ?」
「、、、、、。OK。ボンボヤージュ。」

おばちゃんごめんね、嘘ついちゃった。
でもその2000CFA、絶対にポケットに入れるでしょ?


宿にいた子供達にもお別れ。
短い時間だったけど遊んでくれてありがとうね。
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク
砂漠の村ゴロムゴロムのカラフルなマーケットと、バニ村の7つの泥モスク


本当に良い村だった。村によってこんなに色が違うとは。
笑顔で溢れる、平穏で長閑なバニ村。
久しぶりに温かい気持ちになることができた。
ここはブルキナファソの桃源郷。


きっともう来ることはないこの村に、旅の無常を感じながらバスに飛び乗った。

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2015/10/27

ブルキナファソ、初めてできた友達の故郷へ。村の小学校訪問。

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2015/12/12

遠く離れたアフリカの地で果たした再会

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