DATE PLACE

世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

2015-01-07 03:57:44 イラン : エスファハン

メルハバー

どうもこんにちはお久しぶりです。
そして、あけましておめでとうございます。
2015年、海外で迎える初めての新年ですが、今年も楽しく安全に、さらにたくさんの景色と文化、人々に出会いながら旅を続けたいと思います。

僕は今トルコにいます。
年越しはトルコのカッパドキアで、そこで出会った友達とともに楽しく過ごしていました。
ここ最近、旅のペースが急激にあがって(不本意)ブログとかそんな時間なくて、でも書き留めておきたいことはたくさんあるので、少し時間を巻き戻して、イランに戻ってみようと思います。


■ラグジュアリーなイランバスに乗って、エスファハン到着

シーラーズのバスターミナルで、エスファハン行きのバスチケットを買った。
イランバスはかなりクオリティーが高いという噂は聞いていたから、どんなもんかワクワクしていた。
僕が買ったチケットはVIPシートと呼ばれるちょっと高いやつ。その分座席のクオリティーが高い。
基本的に長距離移動は夜行バスを好んで使うのだけど、その理由が、

・朝一で着けば次の日1日有意義に使える。
・一泊分ホテル代が節約できる。
・睡眠時間と移動時間を同じたいミングで使えるから有効。

などなどなんだけれども、いい睡眠が取れれば次の日元気に動ける、そういう理由で少しの値段差ならと思いVIPシートを買った。
Shiraz → Esfahan : 250000リアル(1000円弱?)

というわけで、宿をチェックアウトし、夜までロビーに居座って(笑)バスターミナルへ。
夜までずっと居座っても嫌な顔一つせず、お茶くれたり、お菓子くれたり、優しいんだよなー、イラン人。

バスターミナルへはタクシーを使ったんだけど、最初にまとまっていた金額の倍以上を降りるときに請求された。そんなインドみたいなことしないでよ…
(最初の額だけ渡してタクシーを離れたら運転手が追っかけてきたwまいたけどw)

乗車したバスは三列シート、ぐいーーーんと後ろまで倒れるシート、さすがVIPでした。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

飲み物や軽食のサービスまであった。

ただ、イランバスのわかりづらいところが、目的地の街に着いてからも何箇所も停まるから、自分が本当に行きたいところを運ちゃんに伝えとかないと変なところまで行っちゃう。
(だいたい終点が一番大きいバスターミナルなんだけど、目的地から遠く離れてる場合は他の場所で降りた方がいい。)

そうして下ろされた早朝5:00のエスファハン。
あたりはまだ真っ暗だったけど、なんとか宿に到着。
Amir Kabir Hostel (300000リアル:1000円ちょい)


■世界の半分があった、イマーム広場

宿から歩いていけるイマーム広場に行ってみた。
途中でファストフードやドーナツを買い食いしてつまみながら。
エスファハンの道はすっかり秋にの色に染まっていた。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

イランで嬉しいのは、「チョコレート」のお菓子が多いこと。
イランに入ってから、狂ったようにチョコレートを体が欲していたから、これは本当に嬉しかった。
しかも、うまい!
50円くらいでずっしりしたチョコレートドーナツが買える。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

さて、イマーム広場といえば。。。

世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

「へぇ〜」

でした。笑

確かに、綺麗だし、隣接するモスクは荘厳だし、とても美しいのだけれど、それ以上に家族でピクニックとか、恋人同士がデートしてるとか、日常に溢れるほのぼのとした光景の方が強くて、
綺麗な代々木公園だなと、そんな印象だった。
代々木公園だから、もちろんリラックスするのには最適!
しばらく公園を散歩したり、噴水横に座ったり、ぼーっとしていた。
いろいろなイラン人に声をかけられて退屈することはなかった。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

ここのバザールで見つけたとても欲しかったもの、それはチェス。
世界を回っていると、ご当地チェスというか、駒がご当地の何かになっているものを良く見かける。(モンゴルだとルークがゲルになっていたり)
いつかは世界のチェスを集めてみたいなと思いながら、そのサイズのデカさに指をくわえて諦めるしかないのでした。。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

この広場、せめてモスクの入場料とか取らないでほしい。。(500円くらいした気がする。)
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

■旅人との出会いであふれたエスファハン

だいぶ前になるけど、ネパールを出てからというもの、ドミトリーの宿に泊まることがめっきり減っていた。
インドでも一回だけドミトリーに泊まったのみ。UAE、オマーンでは全てシングル、イランのシーラーズでもシングル。
ドミトリーが一般的でない国は意外と多い。
そんななか旅をしてきて、そろそろドミトリーに飢えていた自分。ドミトリーは一番友達ができやすい場所なのだ。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン
久しぶりのドミでウキウキしていた自分を待っていたのは期待通りの楽しい旅人たちとの出会い。

チェコから自転車でイランまで来たチェコ人のマーティン。
まだ一言も会話してないのに、「wifiパスワードなんですか?」と話しかけてきた日本人のゆう君。(よく俺が日本人てわかったね。)←地元が徒歩圏内、クッソ近い!
モンゴルに2年住んだ後に自転車でフランスを目指して旅してるフランス人のアントニー。←日本大好き。
スウェーデンからヒッチハイクでトルコまで来て、これからドバイを目指し、オーストラリアにワーホリに行くスウェーデン人のフレデリック。←俺と全く逆のルートやーん!

こんな個性あふれる5人と同室になったことで、しばらく一人で旅してたことによる物足りなさが満たされていった。

ゆう君と会った夜に一緒に食いに出た食堂ではショッキングな光景が。。。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン
ぎゃあああ、頭ごろごろーーー!

この食堂、店に入るやいなや注文していないのに謎のとろとろの肉が出てきた。
あれ、これ、もしかして、あの牛さんたちのどこかの部位?え、生?でも、、、うまい。。。

特に仲良くなったフレデリック。
彼とは話が合ったな。行ったことがある場所も多く共通点があって。
旅人同士、今後してみたい旅を言い合った。
その中で俺が発した、「南米大陸バイク縦断」というまさに"Motor Cycle Diaries"の旅にフレデリックがえらく食いつき、一緒にやろう!と。
この後ヨーロッパ、アフリカ、中東、と回った後行く南米でもしかしたらまたこいつとエキサイティングな旅ができるかもしれない、そう思うと今から落ち着かない。
彼とは必ずまたどこかで会う気がする。

アントニーとマーティンはサイクリスト同士、地図を広げてあーでもないこーでもないと議論していた。

この日にみんなで飲んだイランのノンアルコールビールは(イランでは酒が手に入らないからね。)、ほのかに甘い炭酸飲料だった。


■アッラーヴェルディ・ハーン橋とシャフレスターン橋

ある日、フレデリックとゆう君とエスファハンの街を歩きに出かけた。
お目当はイマーム広場と並んで有名なエスファハンの橋。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

俺「フレデリック、この橋なんて名前だっけ?」
フ「えーと、なんとかかんとか。。」
俺「(地図で調べる) あ、アッラーヴェルディ・ハーンね。」
フ「知ってたし」
俺「ふーん(ニヤニヤ)」
フ「うるさい!」

フレデリックってこんな可愛いやつ笑

昼過ぎに見た橋も、街を歩き回って帰ってきたらすっかり日が暮れて川はいい感じに赤く染まっていた。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン
川沿いではシーシャを楽しむ若者たちで溢れている。
「あ!シーシャ!」と物欲しげにシーシャを指差すと、まあ吸いねえ吸いねえと差し出してくれた。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

フレデリックの希望で、極寒の中、もう一つの橋まで歩くことになった。

俺「まだ?」
フ「ここっぽい」
俺「え、、、(しょぼくない。。。?)」
フ「あ、次の橋だった!ねえほんと行っても大丈夫?嫌だったら言ってね。無理やり連れてくの嫌だから。」

なんて気が遣える男なんだろう。個人的な感覚だけど、北欧の人って気費いいの人が多い気がする。
結局後から行った橋は、見に来て良かったと思う綺麗なものだった。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

さらにフレデリックの希望により、夜のイマーム広場に寄りつつ帰ってみた。

世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

ああ、、、美しい。昼に来た時よりも断然キレイだった。
この日は10kmくらい歩いたんじゃないかってくらい歩き詰めの1日。でも、心地い疲れ。


■イラン人のヤニさん

エスファハンには見るものがあまりない!と断定し、エスファハンには2泊しかしなかった。
が、チェックアウトの朝、次の目的地はまだ決まっていなかった。
そこにいたみんなが割とみんなヤズドという砂漠の町に向かうみたいだったからそこに行こうかとも思ったんだけど、イランビザの関係上そんなゆっくりはできないプラス朝起きたらゆう君は何の別れも告げずヤズドに一人発っていたというのもあって、
俺はテヘランに向かおうと決めた。そこの宿がバスチケット買える宿だったから、チケットを取ってもらうと、出発がなんと2時間後!
猛ダッシュで支度して、まだ宿に残っていたアントニーとフレデリックに別れを告げて、宿を後にした。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

バスターミナルに向かうために、ローカルバスに飛び乗った。

優しいイラン人のおじちゃんがでかい荷物を持っている俺に席を譲ってくれた。
今日もイラン人は変わらず優しい。

バスに座って降りるところどこだろう。ここ?みたいに近くの人に確認してたら、通路を挟んで反対側に座っているおじいちゃんが話しかけてきた。

日本語で!!!

え、あ、え、イラン人ですよね?日本語?え?

って少々あたふたしてたら、色々と話してくれて、13年前に日本で4年間働いていたらしい。
イラン人のヤニさん。
世界の半分があった場所。イラン、エスファハン

日本が大好きで、日本語を喋りたかったから話しかけてくれたそう。
片言の日本語だけど、でも十分会話できるレベルの日本語で、その片言加減がとても可愛かった。
ヤ「エート、ナンダッケ、bus、bus」
俺「busは日本語でもバスだよ!」
ヤ「アーソーダソーダ!ワスレタ、アヒャヒャ!」

いろいろと話し込んでるうちに、バスはバスターミナルに到着。

乗車の時にかなり混雑していて、乗車賃請求されなかったから、お、これはまさかのスルーされてる?ニヤニヤ。なんて悪いこと考えていたら、
下車後1秒で運ちゃんに呼び止められ、金払えと言われた。
「だよね。。。いくら?」
と聞いていると、ヤニさんがさっと駆け寄ってきて、何も言わずにお金を払ってくれた。

「えー、ヤニさん、いいよいいよ!いくら?」とお金を渡そうとすると、

「イイノイイノ、ニホンイルトキミンナヤサシカッタ。ダカライイノ。」

その後もバスのカウンターまで付いてきてくれて、バスが来るまで一緒にいてくれて、バスに乗り込むところまで見送ってくれていた。
しかも、どうやらヤニさんの目的地はこのバスターミナルじゃなかったらしい。
俺のために一緒に降りてくれて、結構な時間一緒にいてくれたのだ。

「ワタシ、ニホンノミソシルダイスキ♪」

子供みたいな笑顔でそういうヤニさん。

「え!!!!味噌汁ちょうど持ってるよ!あさげ!あげるよあげる!」

と、心ばかりのお返しをした。

数年後にまた日本に行くかもしれない、その時は連絡をしてもいいかと言われ、もちろん!と連絡先を伝え、ヤニさんに見送られながらバスはテヘランに向けて出発した。




モンゴルでビールをくれた旅人に、お金を払おうとした時に言われた言葉が蘇った。
「お金はいらない。その代わりpay forwardするんだ。」

受け取った優しさを、他の人へ繋ぐということ。

この旅をしていて、人に優しくされた時が数え切れないほどある。
自分に優しくしてくれた彼らもまた、他の誰かに優しくしてもらったんだろう。
イランに限らず今までの国で自分にとても親切にしてくれた人の中に、そういえば「日本人にとてもお世話になったから」と言っている人が多くいた。
この旅、自分がもらってばっかりだった優しさを、他の人に繋げたいなと、繋げなきゃいけないと、そんなことを強く感じたテヘラン行きのバスの中。

◀︎Previous Post

2014/12/20

ダイヤモンドの中の世界、Shah Cheraghと、七色の朝日、Nasir al-Mulk Mosque.

Next Post▶︎

2015/01/09

イランで不法入国のイラク人に遭遇した話。

SHARE THIS

COMMENT

POST A COMMENT

(気軽にコメントを残して言ってください!!必ず返信させてもらいます。)

PAGE TOP